山小屋の朝は早い。4時からの朝食前に出発準備を整えておこうと、3時30分過ぎに蚕棚の上段(写真・赤矢印)で作業開始です。周囲も同じタイミングでごそごそし始めます。インナーシーツを毛布から取り外し、枕元のスマホや地図をサコッシュに収納して敷布団と毛布を畳んでしまえば一夜の寝所を脱出です。残るは、スリッパを所定の場所へ返却し、登山靴を履いてザックを点検することです。忘れ物をしないように細心の注意が必要です。
バイキング形式の朝食を手短に済ませ、温かいお茶を3杯飲んで水分をたっぷり補給しておきます。電波がまったく入らない「こもれび山荘」ではスマホは役立たずで、小屋の主が唯一の情報源です。「午前中は晴れそうです」と知らされ一斉に歓声が上がりました。夜明け前の4時30分過ぎ、ヘッドランプを装着して出発。登山口は「こもれび山荘」のすぐ横にありますが、双児山ルートは樹林帯が長そうなので、急遽仙水峠を経由する反時計回りに変更しました。ツアー組は足並みが揃わないのか後続は皆無、初っ端は独り我が道を行くことになりました。
長衛小屋のテン場脇を通り過ぎ、沢伝いに進みながら少しずつ標高を稼いでいきます。仙水小屋の水場でカップルと出会い、ようやく人心地がつきました。しばらく進むと岩場が現れ、大きな石がぎっしり詰まった斜面・ゴーロ帯を抜ければ仙水峠です。雲量が少なくお天気は前日より良さそうです。仙水峠から駒津峰までの急登約90分が胸突き八丁です。ひと休みして来た道を振り返ると、朝日が降り注ぐ雲海の先に<鳳凰三山>、手前に<北岳>が望めます。絶景が疲れを癒してくれます。
開けた駒津峰でひと息入れていると、前日「こもれび山荘」のテラスで雑談したばかりのイケメンガイドさんが4人の女性登山客を引率して双児山ルートから現れました。傍らで傾聴したGoProを使った澱みのないトークは流石でした。
駒津峰から岩や木の根が絡む道をひとしきり下ったら、岩稜帯のアップダウンが待っています。再び上りに差し掛かる直前の鞍部に巨石・六方石が鎮座しています。その先の分岐点(上の写真に青丸つけた箇所に赤ペンキで「直登」と書かれています)を右へトラバースせず一気に花崗岩台地を直登しました。ポールは邪魔になるのでザックに収納し、花崗岩の突起を掴みながら四肢を縦横に使って段差のある岩稜を前進していきます。岩稜と約50分ほど格闘したら<甲斐駒ケ岳>山頂でした。上りの休憩を挟んだ所要時間は4時間20分。帰路、巻道から撮影した六方石から山頂までの岩稜帯はさながら<甲斐駒ケ岳>の背骨です。
予想以上に広々とした山頂の大パノラマは圧巻です。「駒ケ岳」を名乗る独立した山は全国に18ありますが、<甲斐駒ヶ岳>はその最高峰(2967m)です。前日登ったばかりの<仙丈ヶ岳>と対面し、祠の脇の1等三角点を撮影したり、山頂を散策しながら半時ほど過ごしました。<甲斐駒ヶ岳>に「仙丈小屋」のような山小屋がないのが、唯一、惜しまれます。東側の黒戸尾根は日本三大急登(標高差2200m)と呼ばれ、こちらからアプローチする登山者こそ真の強者です。
北沢峠の午後一(13:10発)のバスに乗車しようと思い下山を急いだため、<摩利支天>を割愛したのが悔やまれます。山頂から花崗岩のザラ場を抜けるのに意外に時間がかかりました。11時過ぎからガスが増えてきて、双児山ルートの下山は思ったよりずっと長く感じられました。
*深田久弥のひと言:「甲斐駒ケ岳は名峰である。もし日本の十名山を選べと言われたとしても、私はこの山を落とさないだろう」(『日本百名山 新装版』より)