トランプ氏当選後のメディア報道を検証する

超大国アメリカの次期大統領がトランプ氏に決まり、テレビも新聞も大方の予想を裏切る形でトランプ氏が大統領選を制した理由を探ろうと、連日、有識者の様々なコメントを報じています。


トランプ氏の当選が確実になったとき、同級生が「今回ほどポピュリズムという言葉に違和感を覚えたことはない」とLINEメッセージを送って寄越しました。朝日新聞の取材に応えて、フランスの人類学者エマニュエル・トッド氏は<民主主義という言葉は今日、いささか奇妙です。それにこだわる人はポピュリズムを非難します。でも、その人たちの方が、実は寡頭制の代表者ではないでしょうか。大衆層が自分たちの声を聞かせようとして、ある候補を押し上げる。それをポピュリズムと言ってすませるわけにはいきません>と述べ、人々の不安や意思の表明をポピュリズムと呼ぶのはやめるべきだと主張しています。泥仕合に近い対立候補への個人攻撃や差別的発言はさておき、社会について語る場面で真実を口にしていたのは確かにトランプ氏の方でした。

大統領選前に出版された『新・リーダー論』(池上彰佐藤優共著)には、ヒラリー・クリントン候補への嫌悪感は彼女が支持目当てに政策を易々と変えてしまうことであり、ヒラリーと聞いて有権者が直ちに思い浮かべる言葉は「ライアー(嘘つき)」だと書かれています。それなら、政治の素人であっても本音を語るトランプ氏に次期政権を託してみようと考えるのは不思議ではありません。メディアがこぞって語るエスタブリッシュメント既得権益層)への大衆反逆という見方は表層的かも知れません。かつて、カーターやレーガンが大統領になれたように変化を好むアメリカン人の魂にトランプ氏の言葉がストレートに響いたということなのでしょう。

日本人にとって理解しづらいのは、そもそも共和党員でさえなかったトランプ氏(かつては民主党員でした)がなぜ候補者になれたのかという点です。背景には党員集会で名前を登録するだけで予備選にも出馬できるというカラクリがあります。だからといって、主流派を抑えてトランプ氏がのし上がるのは困難なはずですが、トランプ旋風が吹いて俄か共和党員が急増し、トランプ氏を人寄せパンダ(泡沫候補)から一気に候補者へと押し上げたのです。一方、民主党サンダース上院議員の健闘ぶりもトランプ現象とよく似た側面がみてとれます。極左のサンダース支持者がトランプ氏の支持に回ったということもあったのかも知れません。二大政党の対立軸が大きく揺らいでいることは間違いありません。日本共産党を含めた野党共闘も時代の変化を象徴しています。

日本総研会長寺島実郎氏の分析も鮮やかでした(11/12付け朝日新聞朝刊)。BREXITとトランプ氏当選という2大ショックの温床は、民主主義が資本主義を制御してきたメカニズムが崩れ均衡を失ったことにあると寺島氏は主張します。資本主義の暴走を食い止められなかったエリート層への不満は、きっと澱のように深くアメリカ社会に溜まっていたに違いありません。そして、もうひとつ忘れてないのは世代間ギャップの拡がりです。偉大なアメリカへの郷愁にすがる中高年層と英国のEU離脱を決定づけた層は見事に重なります。米国移民や英国のEU残留を望む若者はこうしたシルバーデモクラシーに弾き飛ばされた格好です。

世界秩序が大きく変容しようとしている今、17世紀に欧州で成立した「ウェストファリアの平和21世紀版」を提唱するヘンリー・キッシンジャーは、米国に「新・孤立主義」は選択肢としてあり得ないと断言します。米中和解を演出したキッシンジャー国務長官の<リベラルな国際主義の伝統を持ち、確立した国々は今後もそれを追い求め続けるべきだ>という言葉は傾聴に値します。日米同盟も含めて、緩やで穏やかな連帯が世界秩序を再構築してくれるものと信じたい。