米大統領選の投票日まであと2日と迫りました。開票は日本時間の11月9日午前9時から始まります。大勢は当日午前中には判明するのではないでしょうか。 リードを広げていたはずのクリントン女史にメール問題が再燃、最終盤でのトランプ氏の巻き返しが伝えられ、米国株式市場ではS&P総合500種が2008年のリーマンショック以来最長となる8営業日続落となっています。どちらの候補者が勝っても、今後の政権運営は決して盤石ではありません。
昨今のメディア報道に耳を傾けているうちに、渦中のトランプ氏の当選があながち絵空事ではないように思えてきました。選挙戦後半で再燃した数々の女性蔑視発言や人種差別発言で退路を絶たれたかに映ったトランプ氏、豈図らんや、支持派の結束に綻びが見えないのです。一見、アジテーターにしか見えないトランプ氏の型破りな発言に有権者が期待せざるを得ないほど、アメリカは病んでいるのです。自由と多様な社会を掲げた建国の理念が危機に瀕しているといってもいいでしょう。
日本で選挙戦の最中にこうしたスキャンダルが浮上すれば致命傷にもなりかねません。ところが、今回の米大統領選は様相がまったく異なるのです。ブルーカラーの支持政党は民主党というお決まりの構図が大きく揺らいでいるのです。8年前にオバマ氏に投票した白人労働者の多くが共和党のトランプ氏に鞍替えしようとしています。
5日のNHKスペシャルでインタビューに応じたオハイオ州の元製鉄所職員は、主要産業だった鉄鋼業の衰退で職も家族も失ったと嘆いていました。イリノイ、インディアナ、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニア諸州を含むアメリカの地域は「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれています(工場の跡地はまるで北海道の炭鉱跡のようです)。かつては高卒であっても工場で働きながら仕事を覚えミドルクラスになれた社会が大きく変容し、製造業の雇用吸収力は往時の3分の1にまで低下しています。ブルーカラーがマイホームを建てて家族を養うことが極めて難しくなっているのです。
グローバル化がもたらす歪みに白人労働者が悲鳴をあげています。若年世代に至っては事態はもっと深刻です。大学を卒業した時点で10万ドルの借金(学生ローン)を抱えているのに仕事が見つからないという悲惨な状況が常態化しているのです。公立大学年間授業料はこの15年で2倍(3万ドル)になったのだそうです。米国の学生ローン総残高が130兆円と知って、ひっくり返りそうになりました。増え続ける日本学生支援機構の総貸付金残高でさえ7.8兆円(平成24年度)ですから、アメリカの学生は途方もない借財を抱えて社会のとば口に立たされていることが分かります。学業を中途で断念する学生が増えるのは道理です。"no education"、"no job"、"no future"、"no hope"・・・若者の過半はもはや幻影と化したアメリカン・ドリームにすがることはありません。
アメリカを豊かにするはずだったグローバル化は、若者を絶望へと追いやり、貧困層の拡大(中間層の没落)をもたらしただけだったと多くの有権者は感じているのかも知れません。特権階級の資本主義は民主主義さえ独占しかねない情勢です。クリントン女史が既得権益を擁護する側にまわっていることもブルーカラーの反発を招いています。
1100万人を超える不法移民の存在が職を奪われた白人の反移民感情を刺戟し、オバマ大統領就任後の8年間で白人の愛国主義者団体の数が7倍に膨れ上がったといいます。これまでの保守対リベラルという対立構造に異変が生じていることは明らかです。建国以来のレゾンデートルであった社会の多様性が大きく揺らいでいる今、超大国アメリカの有権者はどんな未来を選択するのでしょうか。