シネマレビュー:インビクタス/負けざる者たち(2009年米)~主人公はネルソン・マンデラ大統領~

インビクタス/負けざる者たち」の地上波初放送(9/20・日テレ系)がラグビーW杯開幕初日にぶつられたお蔭で、見逃していた話題作を堪能できました。監督は、俳優から転身し数々の名作を手掛けているクリント・イーストウッド。キャスト陣も豪華共演で、マンデラ大統領をお気に入りの俳優のひとりモーガン・フリーマンが、南アのラグビーチーム「スプリングボクス」の主将ピエールをマット・デイモンが務めるという布陣でした。ちなみに、マンデラ大統領が<自伝『自由への長い道』が映画化されるとしたら、誰に演じてもらいたいか>という記者の質問に答え、モーガン・フリーマンの名前を挙げたことは有名な逸話です。フリーマンは、自伝の映画化権を買い取って。本作品の制作に導きます。

映画タイトルの「インビクタス」("Invictus")とは、ラテン語で屈服しないという意味合い。映画の冒頭シーンは、ネルソン・マンデラ氏が約27年に及んだ投獄から解放され、1990年に出所するシーンから始まります。史実に通じていれば、これほどふさわしいタイトルがないことは歴然です。マンデラ大統領が2013年に亡くなり追悼式典に各国の元首がつめかけたことは記憶にしっかり刻まれているのですが、この映画を見て恥ずかしながら吃驚したのは、いわゆる人種隔離基幹諸法が全廃され、アパルトヘイト体制に終焉が訪れたのが1991年で、南アで全人種参加による制憲議会選挙が実施されたのが1994年だったという点でした。史実に基づくこの映画の舞台が20世紀末だったという現実をすっかり忘却していたからです。

TV放送では、ラグビー映画の最高傑作というテロップまで流して宣伝に余念がありませんでした。ラグビーW杯日本開催を盛り上げるためとはいえ、その形容の延長線でこの映画を鑑賞すると本質を見誤りかねません。南アのラグビーは、それまで、白人支配層の文化でありアパルトヘイトの象徴だったからです。新体制に移行してからも、被支配層が敵のチームを応援するという有様でした。そこで、1995年に南アで自国開催されるラグビーW杯を、(新しい国づくりのための)国民統合の絶好の機会(白人と黒人の和解と団結の象徴)と捉えたマンデラ大統領が一計を案じて、主将ピエールをタッグを組んで、W杯初出場・初優勝という歴史的快挙へと導くのです。

マンデラ大統領の人柄に触れて、バラバラだったチームの立て直しに着手したピエールは、躊躇するチームメイトを率いて貧民窟に乗り込み、有色人種の子供たちにラグビーを教え、チームメンバーに新国歌を歌うよう促します。一番印象に残ったシーンは、早朝ランニングの後、(チームが向かった)ロベン島のマンデラ大統領が収監されていた独房で主将ピエールがしばし思いに耽り佇むところです。手を伸ばせば壁につかえるような狭い独房、石灰石採掘場での重労働・・・マンデラ大統領の不撓不屈の思いや寛大な心に自分を重ねて、主将ピエールはW杯優勝を心のなかで誓うのです。

W杯開催までにチームが一丸となっていくプロセスがもう少し緻密に描かれていれば申し分ありませんでした。この映画の真の主人公はいうまでもなくネルソン・マンデラ大統領。クライマックスでスタジアムのみならず街角の至るところから沸き上がる歓喜、人種を超えて抱き合う国民の姿こそ、大統領が切望してやまなかった新しい国のかたちだったのです。

最後にマンデラ大統領の心に響く言葉をご紹介しておきます。

●"Do not judge me by my successes, judge me by how many times I fell down and got back up again."

~成し遂げたことで私を判断するのではなく、失敗して再び立ち上がった回数で判断して欲しい。

●"Hating clouds the mind. It gets in the way of strategy. Leaders cannot afford to hate."

~憎しみは心を曇らす。憎しみによってあれこれ余計なことを考えてしまう。指導者には誰かを憎んでいる余裕はない。

●"You will achieve more in this world through acts of mercy than you will through acts of retribution"

~報復するよりも情けをかける方が、この世界ではより多くのことを成し遂げられる。