ブックレビュー:『老人支配国家 日本の危機』(文春新書)

『老人支配国家 日本の危機』の著者はエマニュエル・トッド氏。ソ連崩壊やリーマンショック、イギリスのEU離脱を予測したことで知られる歴史人口学者です。2020年12月に完全日本語オリジナルとして出版された『エマニュエル・トッドの思考地図』を読むと、著者のアカデミック・バックグラウンドがよく分かります。フランスのアカデミーにおいては異端児だと自認されています。マクロン大統領や仏エリート官僚養成校ENA(フランス国立行政学院)出身者を含めたエスタブリッシュメントに対して総じて批判的なだけに、異端児扱いされるのは無理からぬことなのでしょう。トッド氏が思考の軸にしているのは、統計データであり歴史です。

「経済統計」は嘘をつくが「人口統計」即ち「人の死」は嘘をつかないというトッド氏の指摘には意表を突かれます。高齢者のコロナ死亡率を驚くほど低く抑え込んだ日本の医療体制に敬意を表しながら、社会の存続に重要なのは高齢者の死亡率より出生率だとトッド氏は指摘します。コロナ禍における日本の取り組みは、「老人」の健康を守るために結果的に「現役世代」の活動を犠牲にしたわけで「シルバー民主主義」とは実に的を得た形容です。親日家でもあるトッド氏は日本の行く末に相当な危機感を抱いているようです。

従来から取り沙汰されてきたように、「シルバー民主主義」の背後にある見逃せない問題は<世代間格差>なのです。グローバリズムの恩恵を受けてきたのはベビーブーマー世代や団塊世代の高齢者であり、逆に最も犠牲を強いられてきたのは先進諸国の若い世代だという厳然たる事実から目をそらしてはなりません。若者にとって生き辛い世相が半ば定着していますから、次世代を産み育てる力が年を追うごとに低下し続けるのは無理もありません。厚生労働省が発表する「令和2年(2020)人口動態統計月報年計(概数)の概況」によれば、2020年の出生数は840,832人・合計特殊出生率は1.34で、日本は世界のなかでも特に出生率の低い国なのです(下のグラフの出典は厚労省HP)。都道府県別では東京がダントツの最下位で合計特殊出生率は1.13です。内閣府のHPには主要国の児童手当や子育て支援策の比較表が掲載されていますが、児童手当に所得制限が課されているのは日本だけでした。主要国対比、総合的に日本の子育て支援策が見劣りすることは明らかです。政府の梃入れはマスト、新婚さんへの手厚い給付で国力回復を図るべきでしょう。

本書の最終章(IV)には<「家族」という日本の病>と題した対談が編まれています。トッド氏の対談相手は歴者学者の磯田道史さんと本郷和人さんです。日本の最大の問題が少子化に伴う人口減少である点に異論はありませんが、直系家族的価値観が育児と仕事の両立を妨げ少子化を招いているとする分析は短絡的で到底与することは出来ません。寧ろ、核家族化が急速に進んで家系の継続性に重きをおく直系家族的価値観が喪われつつあることが人口減少を招く大きな要因ではないかとさえ思うのです。戦前の家督相続は法の下の平等の見地から論外だとしても、大多数の日本人が皇統保守に理解を示すように、家系を守るというテーゼを家族三代で承継していくための営みをより多く取り戻していくべきだと感じています。お彼岸やお盆のお墓参りや年末年始の帰省を欠かさなければ、やがて先祖から脈々と繋がる自分たちの存在基盤に気づき、両親がそうしてきたように子供を育む歓びや労苦に目覚めるのではないのでしょうか。結婚や出産は権利であって義務や務めではないという考え方にどうしても違和感を覚えてしまうのです。