ついに映画化された『リトル・プリンス 星の王子さまと私』を観て


21日に封切されたばかりの「リトルプリンス」を早速観てきました。『星の王子さま』の愛読者としては、観ないわけにはいきませんからね。これまでにアニメ界の巨人ディズニーが映画化していても決して不思議ではないわけですが(注:オーソン・ウェルズがディズニーに企画を持ち込んだとき、ウォルト・ディズニーの協力が得られなかったといういきさつがあったからかも知れませんが)、不朽の名作だけに様々なハードルがあったに違いありません。本作品の制作に携わったフランス人がサン=テグジュペリエステート(権利管理者)から許可を得たのは8年以上前のこと、映画化には相当な歳月を要したことになります。「この本を読んだ誰もが、星の王子さまと彼の世界について自分だけのイメージを持っているので・・・」と制作者が語るように、原作のイメージを損なわないという大前提をクリアするのは決して容易ではなかったことでしょう。そのため、マーク・オズボーン監督の下、業界横断でドリームチームが結成され、『星の王子さま』の続篇が構想されることになったのです。

従って、映画は原作を忠実になぞったものではありません。母親の立てた人生設計に寄り添おうと勉強漬けの毎日を送る9歳の女の子が主人公です。名門校の学区へと引っ越してきた母子のお家の隣には、風変わりな老人が住んでいます。元飛行士というその老人と出会って、単調な日々を過ごす少女の暮らしに次第に変化が生じていきます。老人が語る「星の王子さま」の話に少女は否応なく引き込まれ、やがて、「大切なことは、目に見えない」という言葉の本当の意味を知ることになります。

この映画に登場するキャラクターには、一切名前がついていません。聖書の次いで翻訳数が多いと云われる『星の王子さま』だけに、人種や国境を超えて自由に観客が想像の翼を拡げられるようにとの願いが込められているように感じます。主人公の女の子は、宮崎駿監督作品『となりのとトトロ』からインスピレーションを得て、ファンタジーの世界と現実を行き来するように構想されたのだそうです。


元飛行士の老人と少女が生きる現実世界は最先端のCGによって描かれ、「星の王子さま」の世界は、素朴で温かみを感じさせるストップモーション・アニメーションという手法を通じて、原作の切ないまでの詩情と共に見事に再現されています。ストップモーション撮影の舞台裏に迫りたい方は、日本橋高島屋で開催中の特別展を覗いてみるといいでしょう。パペット人形を使った撮影では僅か1秒のシーンを撮るのに丸1日を要するのだそうです。パペット人形は紙で作られていて、その質感が星の王子さまの世界観にぴったりです。特に、サハラ砂漠(原作者がリビアの砂漠に不時着したときの体験が基になっています)で飛行士が星の王子さまと出会うシーンはため息が出るほど美しいと思いました。

星の王子さまが旅する星々は自分自身の空想世界とオーバーラップし、違和感なく受け止められました。本作品、様々な想いでスクリーンを見つめる観客ひとりひとりの期待を決して裏切らない内容の上質なアニメ映画に仕上がっていると思います。この映画を観てどう感じるのか?大人になっても子供の頃の感受性を喪っていないかどうか、リトマス試験紙の役割を果たすかも知れませんね。左隣でひとりでこの映画をご覧になっている初老の男性が少し気になりました。

1953年に『星の王子さま』を日本で初めて紹介した内藤濯さんが、「星の王子さま」ではなく原語どおり「小さな王子」と翻訳していたとしたら、日本でこれほど多くの読者を獲得したでしょうか。映画タイトル「リトルプリンス」は、日本人であれば、「星の王子さま」以外にあり得ません。映画を観て、原作をもう一度、開いてみたくなりました。そして、サン=テグジュペリ自身の筆になる詩情溢れる挿絵を、じっくり眺めてみようと思います。