圧巻だった「村上隆の五百羅漢図展」

この週末、六本木の森美術館で開催中の「村上隆の五百羅漢図展」を観てきました。国内では14年ぶりの個展になるのだそうです。メディアで紹介されることが多いアーティストなので彼の作品を観たような気になっていますが、実際に鑑賞するのはこれが初めてです。


2008年にサザビーズで彼のフィギュア作品(「マイ・ロンサム・カウボーイ」)が15百万ドルで落札されたように、ポップアーティストとしての声価は圧倒的に海外の方が高く、今や、時代の寵児と云って過言ではありません。そんな国境を超えて活躍するアーティストが、東京芸大日本画科出身で博士号を有しているのですから、画家の人生も分からないものですね。どこで彼の人生に劇的な転機があったのでしょうか。

彼のトレードマークになっているDOB君をはじめ、オークションで高い評価がつくというフィギュアも実は好みではありません。今回、会場に足を運んだのは、今をときめく村上隆が一見畑違いともいえる五百羅漢という仏画に挑戦したからに他なりません。五百羅漢といえば、先ず脳裏に浮かぶのは伊藤若冲の五百羅漢像です。伏見深草の石峰寺本堂の裏山には数えきれない石仏群が鎮座しています。そうそう、愛宕念仏寺の千二百羅漢も有名ですね。

羅漢と聞くと、お地蔵さまのような姿をイメージしてしまいがちですが、そもそも、羅漢というのは阿羅漢がつづまった言葉でサンスクリット語のアルハットarhatが語源です。羅漢とは、悟りを開いた僧というよりも修行者の到達しうる最高の境地と理解した方がいいように思います。


村上隆さんが制作した「五百羅漢図」は、高さ3メートル・横幅25メートルに及ぶ巨大な絵画です(写真はカタールの展示から拝借しています)。四神相応に即して、玄武、青龍、朱雀、白虎の4面が制作されていますので、全長100mということになります。これだけの大きさですから、対面する格好で先ず青龍と白虎が展示され、次室へ移動すると同様に玄武と朱雀を鑑賞することができます。大小様々な姿かたちをした羅漢はそれぞれに個性的で、じっくり細部を眺めていたら時間の経つのを忘れてしまいそうです。特に、羅漢の手足の指に施された極彩色のネイルアートが印象的でした。豊かで鮮やかな色使いが鏡面仕上げによって一層輝きを増しています。一堂に展示できるスペースを設けて四面を代わる代わる眺めることが出来たら、さぞや壮観でしょう。

館内では、スマホiPadで作品を撮影する人の姿が目立ちました。フラッシュこそ禁止ですが、ウェブ上でどんどん作品を発信して欲しいという作者の願いが叶った格好です。また、場所柄、外国人の姿も散見されました。導線も含めて、鑑賞者にとって最適な空間を提供してくれたように思います。

東日本大震災を契機に、人間の死や限界をテーマに五百羅漢を描こうと決めた村上隆さんは美大生を中心に200名余のスタッフを募り、狩野派さながら工房方式で本作品を完成させたといいます。『芸術起業論』のなかで村上さんはこう語っています〜「いい作品を一つ作れば歴史に残ります。逆に言えば、いい作品を一つも作れない表現者は歴史に残ることなく死んでいくしかないわけです」、「芸術家は死後の世界に挑みます・・・中略・・・その意味で芸術家は死後の世界を準備しなければならないのです」。

村上さんは、間違いなく「五百羅漢図」で歴史に名を残す仕事をされたと思います。今年は琳派400年の企画展を開催した京博で「風神雷神図」3点を同時に鑑賞する機会がありましたが、「五百羅漢図」は後世きっと高い評価を得ることでしょう。欲を言えば、この延長線で東寺の立体曼荼羅にも挑戦して欲しいところです。