映画「3月のライオン」タイトルの意味するところ


劇場公開から1年、WOWOWに「3月のライオン」が登場したので早速鑑賞しました。2017年といえば、年央に藤井聡太四段(14歳)が前人未到の29連勝を達成した年。「3月のライオン」の主人公桐山零は中学生でプロ入りを果たした将来有望な棋士、まるで藤井聡太をモデルにしたかのようです。ところが、映画には原作(漫画)があって、10年以上前から連載されているようです。作者の羽海野チカさんは藤井聡太の出現を予期していたのではないかと思えるくらい、桐山零と藤井聡太はかぶります。

静かに盤上でバトルを繰り広げる将棋世界の映画化は素人眼にも困難極まるように映ります。まして、興行的に成功を収める可能性は著しく低いはず。それが「3月のライオン」は前編・後編仕立ての長編なのです。いざ、全編通しで観てみると予想以上の出来栄えに驚かされます。映像的には面白みに欠ける棋士が盤上で向かい合って長考するシーンさえ見事に演出されていました。若手からA級まで勝負の世界に生きる棋士の人生はまさに波瀾万丈、登場人物の悲喜こもごもの人間ドラマにすっかり引き込まれました。人生マンガ大賞をはじめ数々の賞を総なめした原作について無定見だったことを少し後悔しました。

幼少時に交通事故で両親と妹を喪った桐山零は父の友人幸田八段に引き取られます。義父の下には姉弟がいて棋士を目指して日々将棋に励んでいます。最初は姉弟に太刀打ちできなかった零でしたが、次第に頭角を現しやがて姉弟棋士になるという夢を無惨に引き裂いていくことになります。勝負の世界の非情を身を以て知る父親幸田八段は、子供ふたりにプロ棋士になることを諦めろと宣告します。これをきっかけに桐山零は家族のなかで孤立感を深め、幸田家を去る決意をします。

幸田家を出た桐山零は、近所に住む川本三姉妹と出会って孤独から救われ一緒に食卓を囲むようになります。ところが、明るい三姉妹も母を喪った上に父親不在という複雑な家庭環境を抱えているのでした。家を出てアパート暮らしをする桐山零でしたが、幸田家の長女が度々訪れ義姉との人間関係を断ち切れません。義姉弟の夢を断ち切った原因が他人の自分にあることを自覚する桐山零は、その後、川本家と幸田家の狭間で苦悩を重ねることになります。

将棋にすがるしかない桐山零を同世代の棋士や学校の先生が陰日向で支え、精進の甲斐あって彼は新人王に輝きます。この映画のタイトル「3月のライオン」は“March comes in like a lion and goes out like a lamb.”という英国の諺に因んで名付けられたそうです。前編と後編のエンドロールにそれぞれ英文が添えてありました。直訳すれば「3月は獅子の如くやって来て、子羊の如く去っていく」という感じでしょうか。原作者羽海野チカさんの雑誌インタビューによれば、「三月のライオン」というタイトルの同名映画(1992年6月公開 矢崎仁司監督)があって、この映画のポスターや「三月のライオン」という言葉からインスピレーションを得たのだそうです。棋士の世界では6月から順位戦が始まり3月に最終局を迎えることから、昇級降級をかけて棋士たちが獅子の形相で対峙する姿にも重なります。

主演の神木隆之介さんはじめ、有村架純さん、倉科カナさん、豊川悦司さん、高橋一生さん、加瀬亮さん、伊藤英明さんら豪華キャスト陣に注目です。原作キャラ(↑ネットから拝借しました)に迫るキャスティングも冴えわたっています。後編の結末に向かって、ほつれかけた糸が次第に紡ぎ直されていきます。奨励会で将棋に捧げた人生を断って先行きを見通せない長女香子に向かって、幸田八段は絞り出すような声でこう告げます。

<将棋は何も奪ったりはしない。幸福になる一手は必ずある>と!

そして、<最後の一手はある、諦めるな>という激励は、観客ひとりひとりの心に深く響いたに違いありません。