美術ファン必見の「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」

巨匠フレデリック・ワイズマン監督の映画「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」を、最近、WOWOWオンラインで視聴することができました。昨年1月、Bunkamuraル・シネマで上映されたとき見逃してしまったのでいい機会でした。



この映画は、観客が普段窺い知ることのできない美術館のバックヤードを惜しげもなく開陳してくれます。上映時間は3時間を超えるというのに、ナレーションもBGMも一切ありません。見せる側の視点を徹底的に掘り下げた美術ドキュメンタリーの一級品と云っていいでしょう。こんな映画を見せられると、退屈な美術の授業など無用の長物だと思えてきます。

映画のなかで一番感心させられるのは学芸員によるギャラリートークです。ひとつの作品を前に紡ぎだされるのは、通り一遍の解説の類いではなく一幅の絵画をめぐる物語。個性あふれる学芸員らの熱のこもった語りは決して押しつけがましいものではありません。話を聞いていると、観客同様いつのまにか作品世界に誘われています。ある学芸員が面白いことを云い放ちます。「自分は答えがひとつしなかい数学が苦手だった。絵画に惹かれたのは数えきれない答えが存在するからだ」と。偉大な芸術は時を超えて無数の解釈や想像を容認してくれるということでしょうか。

映画に登場した傑作の幾つかをご紹介しておきます。それぞれの絵に込められた作者の意図を読み解くのは上質のミステリーを読むようなものです。


●ハンス・ホルバイン作「大使たち」〜髑髏が描かれています。
レンブラント作「馬上のフレデリック・リヘルの肖像」〜横向きの下絵が見つかります
ジョヴァンニ・ベリーニ作「殉教者聖ペテロの暗殺」〜背後に樵が配置されています


そして、カメラは閉館後の掃除夫や修復に勤しむ専門家の姿も丹念に追っていきます。こうした美術館の裏方に支えられて華やかな展覧会が開催されているのだということを再認識させられます。美術館の運営方法や予算をめぐって職員らが険しい顔で討議を重ねる姿も印象的でした。

以前、早稲田大学に通って学芸員資格取得のために座学で博物館概論や展示論を聴いていたときよりもよっぽどこの映画を観る方が為になりました。学芸員の研修風景も登場するので学芸員をめざす学生には是非観て欲しい映画です。

永遠の命を吹き込まれた傑作絵画には底知れぬ魅力が詰まっていることを改めて思い知らされました。久しぶりに深い感動を与えてくれた映画でした。