「北斎とジャポニスム」展は北斎へのオマージュだ!

北斎ジャポニスム」展の会期もいよいよ今週末まで。すでに来場者は30万人を超えたといいますから大変な盛況ぶりです。展覧会のサブタイトルは「HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」、会場に足を運ぶと、文字どおり、葛飾北斎の浮世絵が西洋の美術、建築、音楽など広範囲な分野に多大な影響を及ぼしていたことが分かります。

1998年に米国「ライフ」誌が企画した「この1000年間に偉大な業績をあげた世界の人物100人」に、日本人でただ一人北斎だけが選ばれている理由を再検証する上でも、この展覧会は実に貴重な機会を提供してくれていると云えます。

北斎作品が海外に影響を及ぼした特長を大別すると3つに分類できそうです。それは構図、ポーズ、連作という手法の3点です。北斎が切り取った構図が如何に当時のヨーロッパのアーティストに新鮮に映ったのかが手に取るように分かります。我々日本人には至極見慣れているはずの木立を通して見え隠れする遠景がモネをはじめ数多くのアーティストに模倣されています。彼らにとって、「冨嶽三十六景」の奇抜な構図に至っては驚愕の連続だったに違いありません。


昨年、大英博物館で開催された"Hokusai: beyond the Great Wave"が大人気を博したことは記憶に新しいところです。海外で「グレート・ウェーブ」として知られる有名な「冨嶽三十六景神奈川沖浪裏」は、絵画やポスターの構図に頻繁に翻案されるにとどまらず、カミーユ・クローデルをはじめとする彫刻家によって立体に再構成されていることを知りました。ドビッシーの交響詩「海」のスコア表紙(1905年出版)には北斎の浪が描かれています。作曲にまでインスピレーションを与えたという事実は確認できないものの、曲のタイトルに因んで北斎の浮世絵が選ばれたのは日本人には嬉しい事実です。

海外で"HOKUSAI SKETCH"と呼ばれる絵手本の『北斎漫画』に描かれた様々な人間や動物の姿や格好(ポーズ)が、ヨーロッパを代表する画家たちにこれほどインスピレーションを与えていたとは予想外の驚きでした。ドガの踊り子たちと北斎の相撲取りの後ろ姿は確かに似ています。なかにはこじつけとも受け取れる構図もなくはありませんが、ジュール・シェレのポスターに描かれたふたりのダンサーのアクロバティックな身体ポーズなどは、確かに『北斎漫画』のそれと酷似しています。ダイナミックな四肢の動きから静的なポーズに至るまで、北斎が様々なアングルから描いた肢体の多くはそれまで誰も想像さえしたことのないものだったのでしょう。


北斎の連作という手法がセザンヌの代表作「サント=ヴィクトワール」に受け継がれたことはよく知られています。アンリ・リヴィエールのリトグラフ集「エッフェル塔三十六景」は当時酷評されたエッフェル塔を様々な角度から捉え、パリの近代化を風刺するのに成功しています。ただ、作品として「冨嶽三十六景」の足元にも及ばないのはモティーフとしての富士山の威容が他を圧倒しているからです。標高3776メートルの独立峰富士山が北斎に与えたイマジネーションは空前絶後、他の追随を許しません。

この展覧会に世界中から集結した作品群は、北斎という偉大な天才へのオマージュそのものでした。ひとつ残念だった点は、展示された北斎の浮世絵代表作の過半が海外の美術館の所蔵だったこと。くだんの大英博物館は現存100点ともいわれる「神奈川沖浪裏」を3枚所蔵、200枚前後とされる浮世絵版画の初摺り、そのなかでも保存状態のいい作品をメトロポリタン美術館ミネアポリス美術館が所蔵しているという悔しい現実にほろ苦い思いがこみ上げてくるのでした。