英国のディーラーから購入したバーナードのティーポットが手元に届きました。Barnard & Sonsは、ヴィクトリア女王が最初の娘を授かったとき百合の洗礼盤(リリーフォント)の注文を受けたこともある大変由緒あるシルバースミスです。1680年創業の世界最古のシルバースミスと称され、1977年にPadgett & Brahamniに買収されるまで長きにわたってロイヤルファミリーはじめ英国貴族の御用達を務めてきました。
ミドルクラスに銀器が普及し始めた19世紀中盤、1857年に制作されたのが写真のティーポットです。といっても日本の中流階級と誤解してはいけません。当時の英国のミドルクラスはごく少数の貴族階級と労働者階級の中間にあるクラスを指し、使用人を少なくとも数名抱えているリッチなファミリーをいいます。いわゆるアフタヌーンティーで使用される銀器はきわめて高価なもので、生活様式においては、英国で高視聴率を誇った『ダウントン・アビー』の世界だと思って下さい。都心のラグジュアリーホテルのアフタヌーンティーなどで供される三段のティースタンドはともかく、ティーポットやシュガーボウルなどのサービスアイテムは豪華さにおいてヴィクトリア時代のそれとは似て非なるものなのです。
銀器といってもシルバープレートではありません。純度92.5%のスターリングシルバーであることを示すLion Passant(歩くライオン)の刻印が付された政府公認のお品なのです。ティーポットの場合、大抵は、底に複数の刻印があって制作年代・アセイオフィス・メーカー名が分かります。鋳造するたびに粗悪化した江戸時代の小判とは違って、英国ではまがい物が排除される仕組みが確立しています。上の写真のEJBBという刻印はEdward and John Barnardのイニシャルを示しています。
バーナード円熟期のティーポットは概ね洋梨型をしています。S字型曲線を多用するロココ趣味のデザインは、Louis Style(ルイスタイル)とも呼ばれます。なぜ、フランスの優美な装飾が英国に伝播してきたのでしょうか。ブルボン王朝の治世、太陽王ことルイ14世はカルヴァン派新教徒ユグノーを迫害したため、多くのユグノー教徒が海外に移住します。そのなかには有能な銀職人も含まれ、英国で次第に彼らの伝統的スキルが受け容れられていきます。英国貴族階級のフランスへの憧れがロココスタイルの浸透にひと役買った格好です。18世紀になるとユグノーの二代目職人がさらなる洗練を重ねて華麗なティーポットを産み出していくのです。フィニアルには開きかけた花の蕾があしらわれています。
スコーンとクロテッドクリームを用意して、休日にでも優雅にこのポットをお供に英国式アフターヌーンティーを楽しもうと思っています。