「本阿弥光悦の大宇宙」展の驚愕8KCG画像

3年に及んだコロナ禍の影響もあってトーハクから足が遠ざかっていました。トーハクのHP上で過去の特別展を年度検索してみたところ、今回の「本阿弥光悦の大宇宙」展は、2年前に「空也上人と六波羅蜜寺」展を観て以来となります。久しぶりに足を運びたいと思える特別展の開催です。展示作品総数は110点と少な目、落ち着いて鑑賞できそうです。

会場入口正面に、展覧会の目玉《舟橋蒔絵硯箱》(国宝)が展示してありました。中央に向かって大きく膨らんだ独特のフォルムで知られる本阿弥光悦の代表作です。四隅は丸みを帯びていて、従来の箱型硯箱とは一線を画す斬新な造形に加え、黒と金の大胆なコントラストに目を奪われます。目を凝らすと、鉛製の黒い橋と直交するように4隻の小舟があしらわれています。歌文字の銀が錆びて鈍色と化していますが、制作当初は、金・銀・黒の艶やかなコントラストだったそうです。フォルム、素材、色彩いずれをとっても光悦の独創であり、展覧会タイトル「大宇宙」とは実に的を射た喩えです。


国宝《舟橋蒔絵硯箱》本阿弥光悦作 江戸時代 17世紀 東京国立博物館

会場では、トーハクがNHKと共同で取り組む「8K文化財プロジェクト」の超高精細映像を鑑賞できました。モノキュラーを以てしてもガラス越しでは窺えない《舟橋蒔絵硯箱》の細部まで観察できるのです。展示された硯箱の蓋は閉まったままでしたが、映像では写真(下)のように硯箱の内部まで見せてくれます。従来の展覧会では叶わなかった最新技術の賜物です。こうした映像表現が加わることで美術展の楽しみが倍加します。

本阿弥光悦とその一族の行状を聞書きにより記した書『本阿弥行状記』で、光悦は「一生涯へつらい候事至てきらひの人」で「異風者」と評されます。本阿弥家の家業は刀剣の鑑定。トーハク所蔵国宝89点のうち19点が刀剣で、天下五剣の二振「童子切安綱」と「三日月宗近」が含まれます。光悦の指料(さしりょう)と伝わる《短刀銘兼氏金象嵌花形見》、日蓮法華宗に深く帰依した光悦自作の扁額、俵屋宗達との合作・重文《鶴下絵三十六歌仙和歌巻》、どれをとっても、へつらうことを徹底して嫌ったアートプロデューサー・本阿弥光悦面目躍如の創作です。

「薬屋のひとりごと」は上質なミステリーだ!

風変わりなタイトルに惹かれアニメ「薬屋のひとりごと」を夜な夜な視聴しています。現時点でNetflixAmazon Prime Videoでエピソード24まで配信されています。主人公がボソボソと呟く毒気たっぷりのモノローグが、得も言われぬ味わいを醸し出しています。

近所の啓文堂のポップを見て、同名作品が3つあることを知りました。原作は日向夏(ひゅうがなつ)のライトノベル。その原作がスクエニ小学館から別々にコミック化(2017年~)されているのだそうです。当然、作画が異なります。アニメはてっきり原作コミックありきだと思っていました。

舞台は大陸中央に位置する架空の国の後宮。中国を思わせます。花街で「薬屋」を営んでいた主人公・猫猫(マオマオ)が人さらいに遭い売り飛ばされて、後宮の下女となります。タイトルの「薬屋」は、漢方薬を処方するような薬剤師に近いイメージです。猫猫の並外れた「薬屋」としての才能に気づいた美形の宦官・壬氏から、後宮で次々と起こる奇怪な事件の解明を迫られます。宛ら、猫猫は名探偵なのです。

なかでも、エピソード11(第11話・二つを一つに)は珠玉のミステリーといって過言ではありません。敬愛する阿多妃(アードゥオヒ)に仕える侍女頭・風明(フォンミン)は、他人に知られたくない重大な秘密を抱えています。大人には無毒な蜂蜜が赤子には毒だと知らず、滋養強壮に良かれと阿多妃の赤子に蜂蜜を与え、その子を死なせてしまいます。謎の死とされましたが、風明は後に自分の過ちのせいだと知り、己を責め続けます。そのきっかけは、阿多妃が娘のように可愛がる里樹妃の存在でした。幼い頃に蜂蜜で命を落としかけたのが里樹妃だったのです。風明は後宮に舞い戻ってきた里樹妃を毒殺しようとしますが、猫猫の機転で未遂に終わります。皇后の出産と重なった結果、東宮妃・阿多は男児を産んだものの、医師の到着が遅れ子宮を失い、子どもを産めない体になってしまいます。寵愛を受けた先帝が崩御し、やがて阿多妃は後宮を去ることになります。

風明には里樹妃を葬りたいふたつの動機がありました。一度出家した若い里樹妃が後宮に戻れば、上級妃最年長の阿多妃は後宮を去らねばなりません。阿多妃の立場を守るためという表向きの理由だけが公にされて、風明は処刑を受け容れます。風明の落ち度で阿多妃の大切な男児が亡くなったことは、長年仕えた阿多妃に知られずに済んだのです。

阿多妃が後宮を去る前夜、外壁に攀じ登り物思いに耽っていた猫猫は、阿多妃と遭遇し、月見酒を酌み交わします。徒に妃の立場にしがみついてきたばかりに、忠誠を誓う周囲の者が翻弄され不幸になっていく様を見て来た阿多妃は、「皆んな、莫迦だ」と呟きます。後宮を去る阿多妃の佇まいは壬氏と瓜二つ、夭逝した男児が実は帝の子と取り替えられ生きていたのではないかと窺わせます。外壁から滑り落ちた猫猫を咄嗟に抱きかかえたのは壬氏。幾重にも張り巡らされた伏線がこの先どう回収されていくのか見ものです。

三日月が輝くコバルトブルーの夜空の下、猫猫の淡々としたモノローグがあまりに切なく胸を打ちます。

2024年「春彼岸」|変わりゆく青山霊園の眺望

3月20日は<春分の日>。令和6年(2024年)の彼岸の入りは17日、20日がちょうどお中日(ちゅうにち)に当たります。今年は少し出遅れて、10時過ぎに両親の墓所がある青山霊園・北中央入口に着くと、駐車場待ちの車列が出来ていました。

手提げの水桶を持ってそれぞれの墓所へ向かう家族連れを見ると、妙に心が浮き立ちます。仏教の世界では、お彼岸は「極楽浄土に想いをはせ、善行を積むべき大切な時期」とされます。一方、現代は3人に1人がお墓参りの習慣のない時代だと言われます。葬儀やお通夜といったセレモニーは簡略化され、お墓参り離れが進んでいます。そんなご時世だからこそ、こうして欠かさずお墓参りをする人々を見ると、心が洗われる気がします。

お墓の掃除をし周囲の雑草を抜いてから、榊を供え、墓前で手を合わせます。周囲から線香の香りが漂ってきました。造花で済ませる方を見掛けますが、生花が供えられ洗い清められたお墓を見ると、清々しい気分になります。水汲み場の近くで真新しいお墓を見つけました。ガラスにギリシア文字が刻まれています。墓じまいをする人が増える一方、青山霊園ではこうした意匠を凝らしたお墓を拵える人がいます。東日本大震災の直後に苦労して改葬した経験があるだけに、心の拠り所をお墓に求める人たちに親近感を抱いてしまいます。

お墓参りを済ませ、東京タワーの方角に目を遣ると、見えるはずの東京タワーが建設中のビルに遮られて視界に入りません。写真(上)は、青山陸橋から撮影したものです。現時点で日本一の高さ(330m)を誇る麻布台ヒルズが、わずかに高さで上回る東京タワー(333m)をボリュームで圧倒している様子がよく分かります。来年、六本木ヒルズの北側・六本木五丁目西地区で大規模な再開発工事がスタートし、2030年竣工予定だそうです。港区のオアシス・青山霊園を取り巻く景色は刻々変化しています。2030年に向けて、東京大改造が進行中なのです。

息子夫婦に待望の第一子誕生~退院から「お七夜」~

3月4日、息子夫婦に待望の第一子・男児が生まれました。17時過ぎ、妻と共に御茶ノ水駅から徒歩数分の産院を訪れ、新生児室のガラス越しに初孫と対面しました。紅潮した顔をくしゃくしゃにして泣き出したかと思えば、潮が引くように穏やかな表情をとり戻します。生後3時間しか経っていないというのにその表情は刻々七変化、産着の袖が邪魔だと言わんばかりに手足を活発に動かします。見ていて飽きることがありません。ベビーベッドのヘッドに取り付けられた名札には、お母さんの名前、生まれた日時、身長、体重が書き込まれていました。写真(下)のように、産院が「神田の生まれ 江戸っ子証明書」と立て札を掲げています。産院の所在地は神田駿河台ですから、これから三代続けばチャキチャキ(生粋)の江戸っ子になれるというわけです。吉祥寺生まれの息子は、残念ながら「江戸っ子」を名乗るわけにはいきません。

外科医で多忙を極める息子が分娩に立ち会ったと知って少し驚きました。退院するまで、ほぼ毎日勤務先と産院の往復で息子は消耗し切ったのでしょう。「お七夜」を迎え開会の挨拶が済むと、めっきり口数が減り、睡魔と戦っているように見えました。振り返れば、我が妻は陣痛が始まるとひとりで産院に向かい、自分が産院に着いたときにはもう出産は終わっていました。家庭より仕事優先の当時、事実上、育休などありませんから、子育ては徹頭徹尾妻のワンオペです。妻には本当に苦労のかけっ放しでした。それに比して、出産直後からの息子のイクメンぶりには頭が下がります。

2023年に生まれた子どもの数は75万8631人。コロナか8年連続の減少です。第一次ベビーブーム(1947-1949)の3年間800万人迫る子どもが誕生していた時代とは隔世の感があります。岸田政権の最重要課題が子育て支援であるのも当然成り行きです。<少子化>では全くもって舌足らず、<超少子化>と言い換えるべきでしょう。

母子共に出産から4日後に退院。今はずいぶん退院が早いようです。6日後の日曜日、里帰り先マンションのパーティルームで両家が集い、「命名式」を兼ねた「お七夜」を迎えました。息子夫婦には、出産祝いと共に孫の名前を墨書した色紙(額装)と干支に因んだドラゴンの「ダンパーケーキ」を贈りました。怒涛の1週間を乗り切った新米ママが目を輝かせて喜んでくれたので、こちらも知人の筆耕さんに「命名書」をお願いするなど奔走した甲斐がありました。

思えば、30代の頃、地方に住む母と義母が相次いで早逝し、息子ふたりには、出産後の節目節目で行き届いたお祝いができませんでした。そんな負い目から、孫の健やかな成長を願って、「お七夜」や「お宮参り」に始まる一連の伝統的お祝い行事を、可能なかぎり家族揃って、挙行していきたいと考えています。五節句をはじめ季節の節目の行事然りです。勿論、母子の健康が最優先です。家族が増えることは本当に嬉しいものです。授かった命を大切に育んでいければと思っています。

辻井伸行さんが挑んだ超難度のラフマニノフ:《ピアノ協奏曲第3番》

昨夜は、サントリーホール・大ホール(2006席)で辻井伸行さんのピアノ演奏会でした。去年もほぼ同じ時期に大ホールで辻井さんの演奏を聴いています。前半は辻井さんのソロでバッハの《フランス組曲》とショパンから4つの即興曲。前半のトリは《幻想即興曲》でした。曲の構成は複合三部形式で、A-B-A’-コーダになっています。速いパッセージAから一転、曲調は甘美なModerato cantabileに変わり、ゆったりとした主旋律が切ないほどの哀感を奏でます、そして再びAを繰り返し、速いパッセージのコーダを迎えます。ピアノを演奏する人なら誰しもチャレンジしたくなるショパンの名曲です。

後半は、マエストロ下野竜也さん率いる東京交響楽団との共演、辻井さんが挑んだのは超難度のラフマニノフの《ピアノ協奏曲第3番》ニ短調作品30。演奏直前、辻井さんは観客席に向かって自らマイクを握り「この作品は、45分ほどの演奏時間中ずっと弾き続けなければならないピアニスト泣かせの難曲なのです」と解説してくれました。《ピアノ協奏曲第2番》はよく耳にしますが、第3番をライブで聴くのは初めての経験です。

陣取った2階席LCブロックからはピアニストの運指が良く見えます。指揮者の姿が見えないはずなのに、オーケストラ・東京交響楽団との呼吸はぴったり。厚みのあるオーケストラの演奏と伍して、力強い鍵盤タッチを披露する辻井さんのエネルギッシュな姿に鳥肌が立ちました。時折り左右の手が交差し、高音域の鍵盤も縦横に駆使します。鍵盤に触れない束の間さえ首を休みなく左右に振って、オーケストラの演奏と共鳴されているようでした。

「音の宝石箱」と言われるサントリーホールで聴くピアノ・コンチェルトはこの日も格別でした。

『人新世の「資本論」』からマルクスを学ぶ

大学時代、経済の基本くらい学んでおこうと思い、法学部生でありながら「経済原論」2単位を履修し「優」を貰いました。当時はマル経が下火になり、近代経済学が主流になりつありました。教養課程でサミュエルソンの『経済学』を齧った記憶はあれど、「経済原論」で何を教わったのか、全く記憶にありません。大学に入学したのは、全国に吹き荒れた大学紛争(1968-1969年)の嵐が去って10年後ですから、マルクスの『資本論』やマルクスエンゲルス共産主義者同盟の綱領として起草した発表した『共産党宣言』を読まずじまいのままなのです。

斎藤幸平著『人新世の「資本論」』(集英社新書)を読んだことをきっかけに、毫も疑わなかった資本主義の功罪について深く考えるようになりました。マルクスは、資本主義が発展・成熟すると最終的に労働者の憤激が高まり、社会主義革命が起こると予想しました。晩年になると、生産能力至上主義が環境破壊をもたらすと考えるようになります。自然さえ単なる投資対象と看做す資本主義の傲慢さは地球環境に深刻なダメージを与え、修復不能な状況を招来しています。資本主義が人間のみならず自然からも搾取することにマルクスは気づいていたのです。『資本論』にある「G-W-G'」は、金(Gelt)→商品(Ware)→金2(余剰価値)を意味しますので、資本主義=際限のない価値増殖運動ということになります。経済のグローバル化と相俟って、資本主義が必然的に崩壊するとしたマルクスの主張は再び輝きを取り戻しています。資本主義は未だ崩壊していないどころか、社会主義大国・ソ連は崩壊し、マルクスがプロレタリア革命の最終ステージ「共産主義体制」を標榜する国家は数えるほどしかありません。マルクスの予想は外れたかに見えますが、地球は確実に自壊に向かっています。地球にプランBはありません。

そんな待ったなしの状況下、私たちは資本主義にどっぷり浸かり、無意識のうちに暴走を止めない資本主義と結託しています。資本主義の持続可能性に大いなる疑問符を投げかけた『人新世の「資本論」』は、トマ・ピケティの著作と並んで、まさに「21世紀の資本論」です。

著者が言うように「3.5%」の人々が非暴力的方法で立ち上がれば、社会は大きく変わる可能性があります。日本国憲法第29条は私有財産制度を保障しています。ですから、社会の富をコモンとする考え方や具体的処方箋を欠く脱成長経済論に俄かに与することは出来ませんが、資本主義が生み出した負荷や矛盾が地球を滅ぼすという危機感に基づいて、ひとりひとりが行動変容をせまられていると考えるべきでしょう。先ずは、地球環境に負荷を及ぼす消費行動を自制することから始めたいと思っています。   

白湯(さゆ)の効用

日経新聞夕刊連載コラム「令和なコトバ」(2024/2/19)に〈白湯男子〉が登場。巷で「白湯」が人気を博し、コンビニやスーパーで「アサヒ おいしい水 天然水 白湯」が累計1500万本のヒットと書かれています。発売元・アサヒ飲料によれば、2022年に新発売され、2023年9月から通年販売されている由。不織布の「保温ラベル」を巻いて、温かさが長時間持続するようリニューアルもしています。そんな商品の存在すら知りませんでした。近々、コンビニ店頭で確認してみることにします。

少なくない数の有名女優が白湯の愛飲者であること以前から知っていましたが、「白湯」が商品化されているとは吃驚です。まさか「白湯」を買う時代が訪れるとは!しかも、男性客にも支持されているというのです。「白湯」には身体を内側から温めて冷え性を改善する効果ありとコラム曰く。女性だけではなく、いつしか男性が「白湯」の虜になっていたわけです。

そもそも、「白湯」とは、一度沸騰させた水を飲みやすい温度まで冷ましたもの。水道水を十分煮沸することで残留塩素やトリハロメタンが揮散されますから、「白湯」は確かに健康的です。温度の目安は50~60度、飲んだときに喉や胃のあたりが「ほんのり温かく感じる」程度が適温だそうです。厚生労働省は「健康のため水を飲もう」推進運動を展開していますが、朝晩、コップ1杯ずつ「白湯」を飲む方が身体には優しそうです。

「白湯」を飲むと、内臓が温まり、基礎代謝が上がります。その結果、血流が良くなって、冷え性の改善や脂肪燃焼によるダイエット効果が期待できます。この際、美容効果一点張りだった先入見は捨てて、生活習慣に取り入れてみるつもりです。