成田を発って3日目、いよいよゲームドライブのスタートです。アフリカでは、国立公園や保護区域内を車で移動しながら野生動物を見に行くことをゲームドライブと言います。6日間、運転手兼ガイドを務めてくれたのは、ガイド歴30年以上というドナルドさん。ガイドになる前はコックさんだったそうです。彼の卓越した視力は、携行した10×42のピクセン製ハイエンド双眼鏡並み、いやそれ以上かも知れません。
タンザニアの公用語はスワヒリ語と英語ですから、コミュニケーションは英語で事足ります。但し、悩ましいのは珍しい野生動物や鳥類に遭遇したときです。専門の図鑑にしか記載されていないような英語名を連呼されても、こちらの理解が及びません。
アルーシャの町を出てから沿道で目にするクルマは、「ランクル」の愛称で親しまれるトヨタ製ランドクルーザーばかり。ケニアに現地生産工場を擁するトヨタのアフリカ大陸におけるシェアは圧倒的です。アフリカの自動車市場の覇者にふさわしいトヨタのプレゼンスを目の当たりにして、内心誇らしい気持ちが込み上げてきます。悪路を縦横無尽に走破するタフネス・ランクルが、実はゲームドライブにおける頼もしい陰の立役者なのです。
早朝7:30にホテルを出発し、世界自然遺産・ンゴロンゴロ保全地域(NGORONGORO CONSERVATION AREA)を経て、8時間かけて次の宿泊地・セロネラ地区へと向かいます。ンゴロンゴロ保全地域の入園料は大人1人あたり約70米ドルですから、朝駆けして現地で過ごす時間を少しでも多く確保するのが狙いです。耳慣れない「ンゴロンゴロ」の語源は、牛の首につけるカウベルの音色だそうです。

日本からのODAで整備されたンゴロンゴロクレーターのジオラマ
ンゴロンゴロ保全地域のゲート周辺には、サバンナヒヒ(Baboons)の群れが生息していました。今回のサファリ(スワヒリ語で「旅」を意味します)で初めて目にする野生動物です。周辺はンゴロンゴロの巨大クレーターの外輪山(標高2400m)に当たり、湿った風が雲を招来します。同行のガイドさんが、鬱蒼とした周辺エリアを「雲森(くももり)」と呼ぶのだと教えてくれました。

オルドバイ渓谷(シンボリックな存在の赤褐色の切り立った山はアメリカ中西部で見られる孤立丘<ビュート>の如し)
人類発祥の地・オルドバイ渓谷(Olduvai Gorge)でランチ休憩を取りました。オルドバイ渓谷は、1959年にイギリス人古生物学者ルイス・リーキー博士とメアリー夫人によって、「猿人」と「ヒト」の化石が発掘された世界最古の遺跡として知られています。オルドバイとは、サイザル麻に属する植物名「オルトパイ」に由来します。短い時間でしたが、オルドバイ渓谷博物館の展示は見応えがありました。博士夫妻による発掘の歴史は、次の通りです。
1959年: 第一層目から約170万年前のものと推定される猿人化石が発見され、「ジンジャンロプス・ボイゼイ」と命名されます。
1963年: 第二層目から約150万年前のものと推定される人骨化石が発見され、「ホモ・ハビリス」(猿人と原人の過渡期)と命名されます。
1978年: 渓谷から少し離れたラエトリで、360万年前の足跡化石3人分(大人2名と子ども)が発見されます。発見された足跡は70個に及び、アファール猿人の可能性が高いと言われています。
博物館には、およそ360万年前のものと推定される足跡化石のレプリカが展示されています。この足跡は3人が並んで歩いている様子と考えられており、小さい足跡が子供、そして子供と手をつなぎながら一緒に歩く父親と、その父親の後をついていく母親の姿だと言われています。直立二足歩行を示す記念碑的化石です。200万年前、オルドバイ湖のあった巨大な堆積盆地が、初期の人類の生存に欠かせない地形だったのでしょう。

ラエトリで最初に見つかった足跡化石と、メアリー・リーキー氏。これらの足跡化石はリーキー氏が率いる研究チームによって発見されました。1979年のナショナル ジオグラフィック誌に掲載された写真(PHOTOGRAPH BY ROBERT I.M. CAMPBELL, NATIONAL GEOGRAPHIC CREATIVE)





