歌舞伎座に通い始めて、今年で14年目を迎えます。その歳月を五代目歌舞伎座の新開場と共に歩んできたことになります、昨年の松竹130周年三大狂言通し上演や音羽屋さんの襲名披露、さらにはコロナ禍を乗り越えて執り行われた十三代目團十郎の襲名披露など、数々の歴史的瞬間に立ち会ってきました。舞踊を含めれば観劇した舞台は100演目を超えますが、現在上演される主要な演目だけでも約300はあるといわれる歌舞伎の世界。未見の演目は、まだまだ尽きることがありません。
松の内も最終日を迎えた昨日、壽初春大歌舞伎の「夜の部」へ足を運びました。一階ロビーには立派な鏡餅や紅白の餅花が飾られ、正月ならではの華やいだ空気が満ちています。和装の女性たちで賑わう光景は、ふだんにも増して艶やかです。 例年、正月は祝祭感溢れる「曽我物」で幕を開けるのが定番ですが、今年の夜の部は『女暫(おんなしばらく)』、舞踊『鬼次拍子舞(おにじひょうしまい)』、そして『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』という、すべて初見となる三演目。期待に胸が膨らみます。
中村七之助が巴御前を凛々しく演じる『女暫』では、幕尻に舞台番として松本幸四郎が登場。本家・男版『暫』なら團十郎が勇壮な「飛び六方」で花道を去るところですが、巴御前は女ゆえに六方が分からない。そこで裏方の舞台番がユーモアたっぷりにレクチャーするという筋書きに、客席は大笑い。贔屓の巳之助や新悟の好演も光り、実にお正月らしい愉快な一幕となりました。

『女殺油地獄』特別ビジュアル©松竹
そして、最後の演目は、近松門左衛門(1653-1724)の世話浄瑠璃の傑作『女殺油地獄』。 主人公、河内屋与兵衛を演じるのは中村隼人。両親の愛を裏切り、借金を重ねて放蕩の限りを尽くす「孤独な狂気」を、隼人が鮮烈に描き出します。対する豊嶋屋お吉(中村米吉)の、年上の女性らしい慈愛と、突きつけられる理不尽な暴力との対比が見事でした。 クライマックスは「豊嶋屋油店」の場。ねっとりと床に広がる油(実際は「ふ糊」 だそうです)に足を取られ、暗闇の中で滑り、転倒しながらも殺意を完遂しようとする与兵衛の姿。そこには、『東海道四谷怪談』の伊右衛門のような確固たる悪とは異なる、進退窮まった人間特有の「脆さ」と「執着」が滲み出ていました。
今回、スケジュールの都合で観劇したのは隼人・米吉コンビのBプロでしたが、幸四郎と新悟が火花を散らすAプロも観ておくべきだったと後悔しています。見せ場のお吉に金の工面を迫る与兵衛の表情や仕草は、刻々変化します。幸四郎ならどう演じるのか気になるところです。とまれ、 2026年の歌舞伎始め。期待以上の収穫に心から拍手を送った一夜でした。

