先月上旬、二十年以上お世話になっている三代続く床屋さんで散髪してもらいました。実質的に切り盛りしているのは三代目(ジュニアと呼んでいます)で、二代目の親父さんが古くからの常連さんだけを担当します。髪を切ってもらいながら、ふたりと床屋談義するのが常です。
理容椅子に腰を下ろすと、改まった面持ちのジュニアから「父が3月に引退した」と告げられました。普段なら、カットケープをつけたりフロアに散らばった髪の毛を箒で掃いたりしてくれる二代目の姿がありません。二代目は、7年前に大病を患って大学病院で手術を受けましたが、ほどなく退院されて、立ち仕事に復帰されています。去年、屋久島の宮之浦岳に登った話をしたところ、二代目もツアーで屋久島へ行くといいます。次に後日談を伺ったとき、「ツアーメンバーは女性ばっかりで男性は俺だけだった」とぼやいておられました。若い時からテニスをなさり、早朝の散歩を欠かさなかった二代目は、高齢女性ばかりが元気で60歳を超えると男は萎んでいくばかりだと言いたげでした。
続けて、ジュニアは二代目が緩和ケア病棟にいると打ち明けます。聞けば、腹膜播種が広がっていて、余命3ヶ月だというのです。言葉を喪いました。そして、昨日、ジュニアのブログを覗いて、二代目が先月20日に永眠されていたことを知りました。享年77でした。散髪に訪れる度、二代目とはテニスの四大大会や映画の話で盛り上がりました。政治や経済の話もずいぶんしました。元気な頃から「人間いつ死ぬか分からないから、下着はいつも一張羅を身に着けておけ」なんて洒落てらしたのを懐かしく思い出します。
<屋久島へは呼ばれた人しか行けない>といわれます。屋久島を人生最後の旅先に選んだ二代目は、選ばれて豊かな自然の懐に誘われたのだと思えてなりません。
心からお悔やみ申し上げます。