映画『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』が突きつけた強靭なメッセージ

邦題に興味を抱いて、WOWOWで放送された『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』を視聴。原題(ドイツ語)の”Schachnovelle”、直訳すれば「チェスの話」、英題は”Royal Game”です。自分のような戦史に関心のある観客や視聴者を惹きつけるため邦題を工夫したことは認めますが、正直、ストーリーとのミスマッチは否めません。ホロコーストをテーマにした数多の映画とは異質な心理サスペンス劇で、展開は実に難解です。原作は、オーストリア作家シュテファン・ツヴァイクが亡命途上で著した「チェスの本」です。

主人公ヨーゼフ・バルトーク(オリヴァー・マスッチ)はウィーンの公証人。愛する妻とダンスに興じる優雅な暮らしは一転、風雲急を告げます。ヒトラー率いるドイツがオーストリア併合を掲げてウィーンに侵攻し、ゲシュタポがヨーゼフの管理する莫大な貴族の資産に目をつけます。ナチスドイツ侵攻を直前に察知したヨーゼフは、こうした資産の詳細を記した書類を暖炉で焼却してしまいます。ところが、ゲシュタポ工作員ベーム(アルブレヒト・シュッヘ)は、ヨーゼフをホテル・メトロポールに拘禁し、財産の在処を執拗に追求します。理知的な法律家らしく、ヨーゼフは巧みに追求をかわし決して口を割りません。ホテルの一室に寝所や食事こそ与えられますが、いつまで続くのか分からない拘禁が次第にヨーゼフを追い詰めていきます。新聞や本の差し入れを求めますが、ゲシュタポは頑としてこれを認めません、ヨーゼフのような知識階層にとって、活字から遠ざけられることが最大の苦痛なのです。見張りの目を盗んで手に入れたチェスのルールブックが精神的に衰弱したヨーゼフに再び生き甲斐を与え、しまいに彼は内容を諳んじてしまいます。浴室タイルの格子をチェス盤に見立て、パンでチェスピースを自作し、ひとりゲームに興じます(写真・下)。

ところが、ゲシュタポのひとりから肉体的拷問を受けた際、隠し持っていたルールブックや自作チェスブックを発見され、取り上げられてしまいます。懲罰として窓もレンガで塞がれ、ホテルの一室は光の届かない世界へ。ヨーゼフの置かれた一連の状況の推移と並行して、マックスと名乗る男がロッテルダム発米国行きの船に乗船し、船内でハンガリー人のチェス世界チャンピオンと対戦します。マックスは釈放されて豪華客船で自由の国アメリカに向かうヨーゼフに見えますが、時間軸が交錯し、彼が対戦する相手はゲシュタ工作員ベームと入れ替わります。マックスの前に現れた世界チャンプは、ベーム役のアルブレヒト・シュッヘ(一人二役)ですから観客はどうしたって混乱します。

観客が対峙するのは、徹頭徹尾、現実と幻影が綯い交ぜになったヨーゼフの精神世界に他なりません。ラストの字幕に現れたのは、原作者シュテファン・ツヴァイクの「精神が無敵だと信じなければならない」という強靭なメッセージ。何人も精神世界を侵すことは出来ないのだと断じています。その言魂は、「精神の自由」を拠り所にホロコーストを生き延びた『夜と霧』の作者ヴィクトール・E・フランクルに重なります。