傑物・牧野富太郎の生涯

NHK連続テレビ小説「らんまん」をタイムシフト視聴中です。当たり外れが激しい朝ドラにあって、「らんまん」は日清食品の創業者・安藤百福とその妻をモデルにした「まんぷく」以来の当たり作ではないでしょうか。リアリティにおいて、実在の傑物をモデルにした本作は中途半端なフィクションの及ぶところではありません。

ヒロインが一躍スターダムにのし上がること少なくない朝ドラにあって、「らんまん」の主人公・槙野万太郎(モデルは牧野富太郎)の妻・寿恵子(モデルは壽衛)を演じる浜辺美波さんの笑顔を観るのを楽しみにしている視聴者は数知れないはずです。万太郎の祖母タキを演じた松坂慶子をはじめ、脇を固める配役のキャスティングも見事な程成功しています。

若き日の万太郎は真っ直ぐで誠実な青年として描かれています。『牧野富太郎自叙伝』(講談社学術文庫)を読むと、植物にのめり込むあまり、富太郎はドラマより遥かに身勝手で軋轢を厭わない人間だったことが分かります。実家は裕福な造り酒屋でしたから仕送りは潤沢でした。勢い、生活費は湯水の如く研究に注ぎ込み、傾き始めた実家の資財が尽きれば後始末は番頭に任せっ切りで、方々から法外な金額の借金を重ねていきます。万太郎は初婚ですが、富太郎には前妻・猶がいました。再婚すると、貧乏人の子沢山よろしく、富太郎には13人の子供ができました。後妻・壽衛の日々の苦労は並大抵ではなかったはずです。

小学校中退の富太郎がアカデミズムの世界で大事をなし得たのは、壽衛の献身的な働きがあったからです。進行中のドラマでは万太郎は新種を「ヤマトグサ」と名付け日本初の学名を発表して意気軒昂、植物採集に明け暮れます。


高知県立牧野植物園所蔵)

ドラマではお茶の間受けを狙ってか、自叙伝に描かれているような過激な側面が鳴りを潜め、傑物・牧野富太郎の生き様がずいぶん穏やかに演出されています。いい意味で氏の人生は波瀾万丈です。人間関係において毀誉褒貶著しくドラマの万太郎と自叙伝のあまりの落差に戸惑いつつ、ズボラでマイペースな等身大の牧野富太郎は何処へ行ってしまったのかと思ったりもします。生涯で集めた標本は40万点超、命名した植物は1500種超にのぼります。そんな偉業を成し得た人物の泥臭い素顔にスポットを当ててくれたらと期待しながら、ドラマの成り行きを見守っています。