新刊『ファーストペンギン』を読んで~成功の鍵は<三方よし>~

日本テレビで放送された水曜ドラマ『ファーストペンギン』は、衰退著しいと囁かれる一次産業のひとつ「漁業」にフォーカスした異色の作品です。タイトルの「ファーストペンギン」とは、群れのなかにあって、天敵のアザラシやシャチが潜む大海に最初に飛び込む勇敢なペンギンのことです。ドラマの主人公・岩崎和佳(奈緒)こそ、まったくの門外漢でありながら、荒くれ男ばかりの「漁業」の世界に飛び込んで予想だにしない苦難と戦った<ファーストペンギン>だったのです。勇気というより蛮勇に近かったのかも知れません。全10話を欠かさず視聴させて貰いました。実話に基づく興味深いテーマだったので、早速、主人公のモデル・坪内知佳さんの最新刊『ファーストペンギン』(講談社)を買って一気読みしました。短いドラマでは到底語り尽せないエピソード満載ですから、ドラマ『ファーストペンギン』をもっと掘り下げてみたい方や主人公のように一次産業に関心が向いた方には超お薦めのノンフィクションです。

一次産品の農産物やお魚がどのように家庭の食卓や飲食店に運ばれてくるのか、都会で暮らす生活者にはなかなかピンと来ないものです。なにより嘆かわしいのは、大多数の消費者が流通プロセスに関心を持とうとしないことです。自分も含めて一次産業に対する消費者の無知蒙昧ぶりにはつける薬がありません。禁漁期間や天候等の事情で漁師たちが実際に漁に出て稼働するのは1年を通してわずか80日だそうです。正直、消費者の魚離れが進むなか、どうやって漁師たちが生計を立てているのか心配にさえなります。そんな現実さえ知らない消費者が気にするのは、せいぜい一次産品の末端価格と食の安全性くらいです。命の危険を冒して漁に出る漁師たちも、水揚げ後漁協で競りが行われ仲買人の手に魚が引き渡されると、その後の流通過程に無頓着だということを知りました。漁師自慢の取れ立てで新鮮なお魚であったとしても、流通過程で取り扱いが適切になされなければ、商品価値が喪われてしまうことを漁師たちは少しずつ学習していきます。

「萩大島船団丸」の主力ブランド商品「粋粋ボックス」が消費者に届くまでのすったもんだは、ドラマ以上に痛快無比でした。現在、「粋粋ボックス」は専ら一般消費者向けに出荷され、魚の種類は「お任せ」になっているそうです。ドラマで腑に落ちなかった点がこれですっきりしました。消費者が自然の恵みを受け容れるとはそういうことなのです。アジやサバのように漁協で競りにかけられるメインの魚以外は、たとえ鯛やヒラメのような高級魚であっても、「山」と呼ばれその他大勢扱いです。網に入ってくる少量多種の所謂「混獲魚」を直接消費者に届けようとするだけでも、旧態依然の漁協が差配する萩大島では、天地がひっくり返るくらいの大騒動を引き起こしました。漁協のみならず同業漁師の抵抗や度重なるいやがらせが、改革に取り組もうと前向きになった「萩大島船団丸」の仲間たちの前に巨大なハードルとして立ちはだかりました。それでも、雇われ社長を引き受けた著者・坪内知佳さんをはじめ仲間の漁師たちは、次々と降りかかる難題をひとつひとつ粘り強く乗り越えてきたのです。その結果、12年を経て「船団丸」は全国で12カ所に拡がったのだそうです。

ドラマで一番感動的だったのは、テレビカメラの取材が入って大はしゃぎする漁師たちの思惑とは対照的に、主人公・岩崎和佳さんがいやがらせをした漁協や他の漁師を敵対視せず、メディアを使ったリベンジに走らなかったことです。人口600人の萩大島の窮状を一番理解していたのは他ならぬど素人の岩崎さんだったわけです。著書『ファーストペンギン』のサブタイトルは、<シングルマザーと漁師たちが挑んだ船団丸の奇跡>です。萩大島の未来だけをしっかりと見据えて、常に<三方よし>の精神で地域社会との共存共栄をめざした「萩大島船団丸」姿勢こそが成功を導いた鍵だったのです。