『いちえふ』という職場〜廃炉までの果てしない道のり〜

昨日、福島第一原発事故のあと作業に従事し白血病を発症した元作業員を厚労省が労災認定したというニュースが報じられました。原発事故への対応に伴う被曝と疾病との因果関係が肯定されたのは、労災認定上、これが初めてだそうです。1976年に定められた労災認定基準では、年5ミリシーベルト以上の被曝が認められ、かつ、白血病等の発症が被曝に起因するものとされています。原発事故後、すでに4年7ヶ月が経過しています。今回が初認定ということは、これまで労災申請は容易に認められてこなかったことになります。労災の権利に関する啓蒙活動も、きっとおざなりにされているに違いありません。

東電によれば、8月末時点で2万1千人が累積被曝量5ミリシーベルトを超えるのだそうです。一般市民の被曝限度年間1ミリシーベルトの5倍にあたります。ちなみに、原発作業員の年間被曝限度は50ミリシーベルト(5年で100ミリシーベルト)ですから、作業員がいかに過酷な現場で作業に従事しているかが分かります。作業員は東電の職員と思われがちですが、その多くは多重下請け会社の従業員です。

最近、モーニングに連載中の漫画『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』(1)(2)を読んだばかりなので、このニュースがことさら身近に感じられました。喉元過ぎれば何とやらで、政府は順調に復興が進んでいることをアピールしていますが、福島原発では終わりの見えない廃炉作業が続いています。

「1F(いちえふ)」とは、福島第一原子力発電所の通称のことです。本作品は、作者竜田一人(たったかずと)さんが実際に「いちえふ」で働いた経験に基づいて書かれているため、作業現場や周辺地域のリアルな描写に先ず目を奪われます。写実的な作風(絵がとてもいいのです)と共に、作者の鋭い観察眼が捉える作業現場のディテールも本作品の魅力です。

新聞やテレビからは絶対に伝わってこない<ふくしま>の現実をこの作品を通じて垣間見ることができます。本作品を読むと人間の想像力の貧困さを痛感します。原子力施設等管理区域で働く作業員には「放射線管理手帳」が交付され、被曝累積線量が厳格に管理されています。1日中働くことは到底不可能で、線量の高い場所では長くても1時間までだそうです。作業員はタイベックと呼ばれる防護スーツに身を包み全面マスクをします。炎天下の夏場に、こうしたいでたちで力仕事を任されると、生きた心地はしないでしょう。「いちえふ」とは想像を絶する過酷な職場なのです。

原発は着替えるのが仕事」と云われるのだそうです。作業現場にたどりつくまでの道のりこそ、<ふくしま>の現実を象徴しています。そんなリスクの高い職場で働く人たちの最大のインセンティブは報酬ということになります。ところが、作業員が受け取る賃金からは就労待機の数ヶ月間に要した寮費や食費が容赦なく差し引かれ、実質賃金は大幅に目減りしてしまうそうなのです。累積線量という制約のために、労働時間を延して賃金を増やすことも侭なりません。

そんな割の合わない「いちえふ」という職場で働く人々の喜怒哀楽を、作者はユーモアを交えて描きます。潜入ルポというと70年代にトヨタの工場で季節工として働いた鎌田慧著『自動車絶望工場』を思い出しますが、『いちえふ』には『自動車絶望工場』にはないペーソスが溢れています。手袋から吹き出す汗、(共同生活を送る)寮のトイレの実態、熟練工の高い溶接技術といった細部にも作者のあたたかい視線が注がれています。

原発廃炉までに要する期間は、廃炉先進国英国の試算によれば、冷温停止できた場合で90年程度と云われています。福島原発のような高レベル放射性廃棄物の恒久的処理・管理には気の遠くなるような歳月と費用が必要となります。過去の経産省の試算など机上の空論であることは自明でしょう。過酷な現場で報われない作業に従事する人々が廃炉までの果てしない道のりを支えているという事実を忘れてはなりません。そして、廃炉までの過程をプロセスを、そのロードマップを我々は注視していく必要があります。明日(3)巻が刊行されますので、別の機会に取り上げてみるつもりです。