常軌を逸した小保方バッシング〜報道の名を借りた私的制裁〜

まだ手元に1月30日の朝日新聞朝刊があります。一面大見出しは<刺激だけで新万能細胞>、続けて<iPSより作製簡単>、<理研マウスで成功>とあります。一面中央には<誇りに思う 山中教授コメント>と小見出しをつけて山中談話を紹介しています。社会面では、割烹着姿で作業する小保方晴子さんの写真を掲載して生い立ちを紹介し、一躍時の人となった若き女性研究者を手放しで称賛しています。

それが、今日の朝刊では、昨日理研で行われた4時間を超える中間報告を踏まえ、大見出しは<STAP細胞 証明できず>、<万能性の根拠、別画像>、<「論文 極めてずさん>と手のひらを返した内容になっています。福岡伸一青山学院大学教授が紙面で指摘するとおり、メディアは当初無批判で称賛していたわけですから、報道機関の姿勢こそ問題視されて然るべきです。記者発表を鵜呑みにした朝令暮改記事を読まされる新聞購読者は堪ったものではありません。僅か1ヶ月余りで、メディアは一斉に小保方バッシングに傾き、朝日新聞理研幹部の容赦ないコメントをそのまま掲載しています。

「完全に不適切、論文としての体をなさない」と云い切った理研CDB(神戸)竹市センター長のコメントには呆れました。まるで小保方さんに騙されたといわんばかりの発言内容ですが、彼は小保方さん率いる研究ユニット直属組織の長です。本来、勇み足に近い成果発表を主導した責任を問われる立場にあります。「極めてずさん、あってはならないこと」と述べたノーベル賞受賞者の野依理事長も同罪です。極めてずさんだったのは、理研の監督指導体制です。恰も第三者のようなこうした発言に対して、メディアは厳しく批判する立場にあるのではないのでしょうか。彼らは適切な組織牽制をなす立場の当事者なのですから。

ここまで来ると、小保方さんが心底気の毒でなりません。2011年に博士号を取得し研究者としてまだ駆け出しの彼女を、桧舞台に無理やり押し上げ派手な記者会見を演出しプロデュースしたのは他ならぬ理研だからです。若手研究者を散々持ち上げておいて、世間の風当たりが強くなるや、奈落へ突き落とそうとする理研の遣り口は中世の魔女狩りさながらです。こうした組織内バッシングは醜悪そのものです。唯一の救いは、石井調査委員長の感情移入を挟まない淡々とした調査報告でした。<研究倫理を学ぶ機会がなかったのか>と疑問を呈した点に、本件の根本的な原因があるように思います。論文作法を学ぶ機会がなかったのですから、すでに過剰なまでの社会的制裁を受けた小保方さん個人を、これ以上メディアが責め立てるのはもはや公正な報道とは云えません。

上司が誰もかばってくれない理研という組織に小保方さんは早く見切りをつけて、海外へ雄飛されるといいでしょう。論文を「撤回すべきではない」と一貫して主張されるハーバード大のバカンティ教授の態度に寧ろ共感を覚えます。熱しやすく冷めやすい日本人と違って、科学者として冷静に事態の成り行きを見つめているように思えます。

一連の狂騒を見るにつけ、権威に弱い日本人の体質がはからずも浮き彫りになったように感じます。研究舞台は理研、共同研究者に名を連ねるのはハーバード大学教授、論文は英一流科学誌のネイチャーに掲載、ノーベル賞受賞者山中教授の研究成果との類似性、ここまで駒が揃うとメディアも世論も躊躇なく研究成果の存在を盲信してしまうのでしょう。そして、研究成果にひとたび疑義が生じると、若き女性研究者の登場を実は快く思っていなかった研究者たちが、ここぞとばかり非難の先鋒に立っているように見えます。ベテラン研究者の妬みや顰という悪臭が充満する日本の科学界に、明るい未来はあるのでしょうか。こんな研究環境では、後進の育成など夢物語に終わるでしょう。

先日床屋で今回の騒動を話題にしたところ、ご主人が<常連の大学教授が紫綬褒章を受章したとき、祝賀会で「幾ら金を渡したんだ」と聞かれたと零していた>という話をなさっていました。推して知るべしですね。

こうした最中、東大出身の工学博士武田邦彦氏(70)がテレビ番組の中で、画像が間違っていたのなら「眠たかったからと言えばいい」、海外論文の流用は「日本人が下手な訳で書くよりいい」とユニークな持論を展開されたそうです。度重なる論文の加除訂正作業の過程で画像の取り違えが起こったとしても不思議ではありません。 若手研究者の将来を考えて、もう少し寛容な態度で理研幹部が火消しに努めていれば、もう少し違った展開になったのかも知れません。残念でなりません。