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巨大戦艦大和の最期

戦艦大和が海の藻屑と消えたのは67年前のことです。連合艦隊の歴史と栄光の象徴<戦艦大和>の悲劇は語り尽された感さえありますが、8/11に放送された<巨大戦艦大和〜乗組員が見つめた生と死〜>(BSプレミアム)に登場した乗組員たちの貴重な証言を通じて、大和沈没前後の様子を具に知ることができました。

戦艦大和乗組員3332名(平均年齢27歳)のうち生存者は僅か276名。2時間10分に及んだ洋上の死闘の果てに大洋を彷徨うことになった大和乗組員は、海水に呑み込まれ呼吸も儘ならないなか多くは死を覚悟したようです。意識が遠のいていくその刹那、<海中を漂っていた乗組員の体は猛烈な水柱と共に宙に吹き上げられ、オレンジ色の閃光が穹を染めるのを見た>と乗組員らは口を揃えて証言しています。戦艦大和が撃沈された瞬間です。同時に、大勢の乗組員が死の淵から奇跡の生還を果たすことになります。沈没を免れた駆逐艦による乗組員の救出は19時30分で打ち切られたそうです。「まだ、海上を漂流している乗組員が多数存在した」と生還した乗組員たちは証言しています。

沖縄が易々と米軍の手に落ちて決断されることになった無謀な水上特攻は、すべての乗組員に<死二方用意>を迫りました。皮肉なことに極秘裡に進められたはずの水上特攻は、電文が解読されていて米軍に情報は筒抜け状態でした。"Special Suicide Attack Unit"と知った米軍は、46糎主砲を封印する急降下爆撃で戦艦大和の左舷を集中攻撃します。勝算のないことを戦う前から確信していた伊藤整一第二艦隊司令長官は、幕僚の反対を抑え大和沈没を前に<総員退去>を命じ、<作戦中止、残存艦艇は内地へ帰れ>と宣言します。長官の英断で多くの命が救われ、『戦艦大和ノ最期』というノンフィクションの金字塔が生まれます。

辛くも命拾いした乗組員たちは、戦艦大和と運命を共にした英霊に対して慙愧に堪えない思いを抱いて戦後を生き抜いてきました。<死に損い>と今も自らを責め続ける乗組員たちの終わりなき戦後に胸迫る思いがします。