将棋の世界

先月、史上稀に見る大接戦を制して森内俊之さんが4年ぶりに名人位に返り咲きました。対局相手は小学生時代からのライバル羽生善治名人、初戦から3連勝した挑戦者森内九段が圧倒的に有利と思えたのも束の間、羽生名人が攻勢に転じ勝負は最終局に縺れ込みました。3連勝し3連敗を喫した直後の森内九段の心境は如何許りだったのでしょうか。こうした局面、素人目には先に勝ち進んだ挑戦者が窮地に追い込まれたように映ります。イーブンに戻っただけだとポジティブに気持を切り換えない限り勝機は失われかねません。敗れた羽生名人曰く「迫る受け」が森内さんの持ち味で一気に押し切らないと逆に形勢が不利になるそうです。終生のライバル同士による今回の頂上決戦は本当に見応えがありました。

僅か160人が凌ぎを削るプロ棋士の世界、小学校から登竜門の奨励会に入会し21歳までに初段、26歳までにプロとなる4段に昇段出来ない限り、プロ棋士への道は断たれてしまいます。16歳でプロになった早熟の天才森内名人でさえ尋常ならざる試練に幾度も打ちのめされたといいます。同世代の好敵手と精進を重ねた末の名人戦という大舞台、その陰で奨励会を去っていった将棋の虫を描いた『将棋の子』をもう一度読みたくなりました。この本は<結局のところ、将棋は人間に何かを与え続けるだけで決して何も奪いはしない>と敗れて将棋の世界を去った者へ優しい言葉を紡いでいます。志果たせず敗れた者にも響く言葉です。プロ将棋を冷酷な勝負の世界と割り切るのは早計かも知れません。蒙が啓けた思いです。

将棋の子 (講談社文庫)

将棋の子 (講談社文庫)