51歳羽生永世七冠のA級陥落と脳の働き

将棋界のレジェンド羽生善治永世七冠(51)が連続29期守ってきたA級の座から陥落することになりました。将棋界の階級ピラミッド最上位A級に属する棋士はわずか10人。毎年、総当たりでリーグ戦が行われ、下位2名はB級1組へ降級します。破竹の勢いで昇級を重ねてきた藤井聡太四冠は現在B級1組に在籍、来期はA級へ昇級する可能性大です。

現役棋士で名人経験者の谷川浩司九段(現在B級2組)も51歳でA級から陥落、森内俊之九段(フリークラス)は46歳で降級しています。引退した中原誠十六世名人(74)が降級したのは52歳でした。加齢と降級に明らかな相関関係が認められます。A級から降級しても加藤一二三九段(引退)のように4度復帰した強者棋士もいますが、再挑戦のハードルは相当険しそうです。その点、A級に在籍(44期)のまま他界した大山康晴十五世名人は天晴れと言わざるを得ません。

20歳を過ぎると脳の神経細胞は徐々に死滅し(30歳を過ぎると脳内老廃物が蓄積され始め)、90歳で半減するのだそうです。個人差はあれ、こうした脳の働きの衰えが棋士の判断力や大局観を鈍らせているのです。

それでは、加齢に伴い、ベテラン棋士の脳のなかではどんな変化が起きているのでしょうか。以前、読んだ『老いと記憶』(増本康平著・中公新書)に興味深いグラフがあったことを思い出しました。記憶機能は、短期記憶、エピソード記憶、言語的知識(意味記憶)、ワーキングメモリ、処理速度に大別されます。50代を迎えると、複雑な思考や並列的な作業(マルチタスク)を担うワーキングメモリと処理速度が急速に低下していくのです。70代を超えるとフリーフォールに近い印象です。一方、意味記憶(=知識の獲得)の方は70代まで上昇します。50歳を過ぎた羽生永世七段の脳内作業スペースでは、以前ほどスピーディに的確な情報操作を行うことが難しくなっているのでしょう。順位戦の持ち時間は6時間、体力の衰えも棋力低下に繋がります。持ち時間が減って短時間で最善手を見つけなければならない場合は尚更です。複雑な意思決定をすべく脳をフル活動させる棋士にとって、対戦は忍び寄る加齢(老化)との戦いでもあるのです。