宇奈月神社の「権利ノ濫用除お守り」~人気沸騰で授与停止中~

民法の「聖地」お守りでPR>と題した朝日新聞夕刊記事(23年5月9日付け)が目に留まりました。縦書きのヘッドラインには<富山・宇奈月温泉「権利ノ濫用除」とあります。

「権利ノ濫用」を認めたリーディング・ケース「宇奈月温泉木管)事件」を知らない法学部出身者はモグリだと謗られても致し方ありません。記者の狙いどおり、ヘッドラインに条件反射して記事に食らいついてしまった自分はそこそこ真面目に法律を勉強した法学士です。昨年のGW、黒部峡谷のトロッコ電車に乗り継ぐ際、富鉄「宇奈月温泉駅」の駅舎(写真・)を見て真っ先に思い出したのも、そのむかし民法の授業で習った「宇奈月温泉事件」でした。

宇奈月温泉事件」は、大審院昭和10年10月5日の判決で初めて「権利ノ濫用」を認めた事案として知られています。宇奈月温泉富山県)のお湯は源泉から引湯管で引かれていたのですが、その引湯管がかすめ通る土地の一部(約2坪)を買い取ったXが温泉経営者Yに不法占拠を理由に引湯管の撤去を迫った事件がその「宇奈月温泉事件」です。あらかた土地の利用権を取得していたYにとって、寝耳に水の要求だったことでしょう。さらにXは、引湯管を撤去できないのなら僅かばかりの土地を法外な値段で買い取れと迫ったのです。Yが撤去と支払の双方を拒んだので裁判に発展したというわけです。当時の民法の条文には「権利ノ濫用」に関する定めがなかったことから、当該事案は画期的かつ重要な先例になったのです。

一見、Xの所有権に基づく妨害排除請求は正当な権利行使に映りますが、当事者XとYの利益状況を比較衡量すると、Xは所有権を盾にYに不当な嫌がらせをしているように見えます。YがXの要求に応じて引湯管を迂回させるとなれば、莫大な費用が掛かるだけでなく、引湯の温度が低下し温泉地の衰退を招きかねない状況でした。温泉を営むYの死活問題にとどまらず社会的影響を及ぼしかねない点が懸念されたのです。大審院は、Xの「権利ノ濫用」を認定する上で、土地購入時に引湯管の存在を知っていた(悪意)Xの主観的事情を積極的に斟酌したのです。

これをきっかけに旧民法が改正され「権利ノ濫用ハ之ヲ許サス」と規定され、現在の民法第1条3項「権利の濫用は、これを許さない」に引き継がれています。外形上は正当な権利の行使に見えても、社会的妥当性や衡平を欠くような権利の行使は認められないというわけです。

宇奈月温泉は開湯(1923年)から今年で100周年だそうです。記事には今も法学生や専門家が訪れる「聖地」とありますが、流石にそれは大風呂敷でしょう(笑)。「権利ノ濫用除お守り」誕生のきっかけは、有名な温泉地の幟で見かけるようになった「温泉むすめ」のキャラクターのひとり「宇奈月明嶺(あかね)」のプロフィール変更だったと記事は伝えています。「苦手なもの」を「勉強、甘いケーキ」から「権利の濫用」に変更したところ、SNSで注目されることになった由。

現在、「権利ノ濫用除お守り」(初穂料:1300円)の授与は停止中です。盛んにメディアに取り上げられ、お守りの生産が追いつかないのでしょう。どんなご利益があるのかと思いきや、「パワハラ、セクハラ、などのハラスメントはもちろん、嫌がらせやいじめなど、立場などを利用して、あなたに害を与える人やことを除けてくれるお守り」なのだそうです。今の時代情況に即したアイディアお守りですから、宇奈月温泉知名度アップと地域振興に貢献してくれること間違いないでしょう。