「マルチステージライフ」とアドラーの「ライフスタイル」論

2016年に出版された『LIFE SHIFT』の続編『LIFE SHIFT2』(東洋経済)が刊行され話題になっています。副題は「100年時代の行動戦略」。超高齢化社会の到来を前に具体的な行動指針さえ持ち合わせていない大多数の高齢者や高齢者予備軍にはうってつけの指南書ではありませんか。共著者はロンドン・ビジネススクールで教鞭をとるマクロ経済学アンドリュー・スコットと同僚のリンダ・グラットン女史ですから、ハウツー物とは一線を画する立派なビジネス書です。柳の下の2匹目の泥鰌を狙ったあざとい便乗商法ではと警戒しなくて良さそうです。バズワードになった「人生100年時代」をどう生きるか、その選択肢は無限に拡がっています。

かつては、フルタイムの教育期間、フルタイムの就労期間を経てフルタイムの引退・隠居期間の3つのステージが混在することなく直線的に分離・独立していました。ところが、50年前の平均寿命と比較すると我々は14〜16年も長く生きられるようになりました。結果、未来の選択肢は多様化し、無意識のうちに年齢バイアスに囚われていた伝統的価値観は大きく揺らいでいると言っていいでしょう。

個性的な生き方を志向できる時代の到来は、単線のベルトコンベアに乗っていれば誰でも終着駅にたどり着けた以前と違って、主体的に人生を設計していかねばなりません。選択肢は無数にあるだけに却って当惑してしまう人が増殖するに違いありません。複線・複々線ライフはどうして簡単ではないのです。

キーワードは「マルチステージライフ」。できるだけ職業人生(就労機会)を引っ張って、余暇と仕事の時間的配分を柔軟に行えるようにすべきだと著者は提案しています。その実現には、社会規範や制度設計を根本から見直し大胆に変えていかなければなりません。パンデミックによって働き方改革が進んだのは大いに歓迎すべきことですが、コロナ終息後に逆戻りする懸念をどうしても払拭できません。日本の政治や企業文化は旧態依然のままだからです。日本が失われた20年停滞を余儀なくされている間に、米国ではGAFA+Mをはじめ数多くの起業家が誕生、デジタル社会を構築し逸早くsea change(大変革)を成し遂げてしまいました。「マルチステージライフ」の行く手を阻む最大のボトルネックは、我が国の企業文化やお役所仕事だと断言しておきます。日本の労働市場が変わるはずだと考えるのはあまりに楽観的です。

ライフシフト』の諸処の提言は大局的には有益です。「マルチステージライフ」を見据えたとき、”Healthy Aging(健康的な加齢)”、”Lifelong Learning”、”Good Human Relationships”という3つの無形資産(intangible assets)が重要であることに異論はありません。文科省的な「生涯学習」という訳語が気に入らないので、あえて「知的好奇心に基づく探究」と言い換えます。”Lifelong Learning”は、どう生きるかの選択肢を獲得するための手段と位置づけられます。健康であるために日常生活にフィジカルトレーニングを取り入れ、趣味でも道楽でもいいので仕事以外の守備範囲を拡げていくことが、豊かな「マルチステージライフ」を実現する鍵になると思っています。3番目のコミュニティに関わる点は一長一短があるので、むしろコミュニティと一定の距離を保っておいた方が賢明です。オーストリア精神科医アドラーは「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と述べているくらいですから。「マルチステージライフ」にアドラー流のライフスタイル(世界や自分への意味づけ・思考や行動の傾向・世界観)を持ち込めば、マイスタイルは完成に近づきそうです。「親ガチャ」に囚われて、自ら選択することを躊躇うのは大きな機会損失だ思うのです。


「われわれは、経験から学ぶのではない。自分のライフスタイルに合わせて、経験を作る」(『嫌われる勇気』より)