人はなぜ訴訟を提起するのか~「非正規雇用」訴訟・最高裁で逆転敗訴~

今回の待遇格差訴訟の原告(50代元アルバイト職員と70元契約社員)は、控訴審で勝訴しながら、最高裁で逆転敗訴という大変な憂き目に遭っています。さぞや落胆されていることでしょう。「最低裁」だという怨嗟の声と共に、最高裁の理不尽な仕打ちに憤りを覚える似たような立場にある非正規雇用者の皆さんの気持ちも痛いほど分かります。

*2019年度総務省統計局調べ:日本の雇用者数5660万人
              (内2165万人・38%が非正規)

ただ、今回の個別事案に関するかぎり、総合的に見て、最高裁の判断は妥当に思えます。決して好ましい表現だとは思いませんが、「不合理とまでは言えない」というしかありません。非正規を徒に「差別」しているのか、合理的理由に基づいて「区別」しているのか、線引きは容易ではありません。「同一労働・同一賃金」も実際の労働実態を見て判断すべきです。大阪医科薬科大学訴訟では、高裁は正規職員に「ほぼ一律の支給率」でボーナスを支払っていたことを拠り所に、被告に対し、フルタイムで働いた原告元アルバイト職員(秘書)にボーナスの80%の支払いを命じています。最高裁は、これを覆して、正規職員とアルバイト職員の職務の違いに着目してボーナス不支給を是としました。事案をもう少し詳しく見ると、大学側は秘書業務を正規職員からアルバイトへ転換する最中だったことが分かります。かつて、優遇された秘書やエグゼクティブ・アシスタントの仕事は今や消えゆく業務の典型です。デジタル革命の進展で今後不要となる可能性の高いこうした職種に、ボーナスを支払い続けること自体が時代錯誤です。そんなことを続けていたら、ただでさえ厳しい大学の経営が成り立たなくなります。定昇や退職金支給が当たり前ではない時代が到来していることも、最高裁の判断に少なからず影響したのだろうと思います。朝日新聞小見出しには「経営裁量 にじむ配慮」とあります。あらかじめ処遇を分かった上で原告は就労しているわけですから、嫌なら、待遇のいい職場を探せば良かったのです。同大では正規職員登用制度も設けられていましたから、狭き門とはいえ、チャレンジするのも選択肢でした。

不思議なのは、わずか3年間働いたに過ぎない時給制の元アルバイト職員が、雀の涙の退職金の支払いを求めて、何故大学を提訴したかということです。原告が、弁護士費用、訴額に応じた印紙代等々、民事訴訟に伴う無視できない経済的時間的コストを負担するからには、相応の理由があったはずです。判決の是非はさておき、同大の人間関係も含めた労務環境に何らかの瑕瑾があったのではないかと思わずにはいられません。

東京メトロコマース訴訟の事案では、原告元契約社員は10年8ヵ月間売店勤務し、売店勤務の正社員と業務は変わりなかったと主張します。就業期間が長いこちらの事案には同情を禁じ得ませんが、ご家庭の事情も手伝って、退職金が支給されなかったことにやるせない思いが募ったのでしょう。

原告はこう言います。売店で10年8カ月働いた最後の日、上司から「お疲れさま」の一言もなかったことが忘れられない。「退職金は『よくやったね』という最後のご褒美。100%認めてもらいたい」>

職場を去る最後の日が提訴へと原告の背中を押したことは間違いありません。人は金銭対価だけで働くのではありません。両事案の被告は、原告がなぜ提訴したのか、その理由や背景を真摯に顧みる必要があるのではないでしょうか。