島尾ミホ原作『海辺の生と死』の映画化

舞台は奄美群島加計呂麻島(かけろまじま)、第二次世界大戦末期に朔中尉率いる海軍魚雷艇部隊がやってきます。本土から遠く離れた島には子供たちの島唄がこだまし、平和でおだやかな暮らしが保たれています。

朔中尉(永山絢斗)は九州帝大で東洋史を修めた学徒でした。国民学校で教員を務めるトエ(満島ひかり)は、次第に軍人らしからぬ穏やかな性格の朔を「隊長さん」と恋い慕うようになり、ふたりは引かれ合うように逢瀬を重ねていきます。

映画は、島民の暮らしを丁寧になぞりながら、ふたりの恋にスポットライトをあてていきます。映画の下敷きになった小説は、島尾ミホの『海辺の生と死』と島尾敏雄の『島の果て』です。島尾夫妻が加計呂麻島で出会ったときの実際の経験が基になっています。

トエは島長であり祭事を司るノロの家系に生まれ、巫女の後継者でもあります。一方、島尾敏雄の『島の果て』や『魚雷艇学生』を読むと、朔中尉は179名の特攻隊員を率いて命令があれば震洋と呼ばれる舟艇で敵艦に体当たり攻撃をすることになっていたことが分かります。映画の部隊設定は実際とはやや異なります。軍事機密だった特攻作戦も、やがて島民の知るところとなりトエも他の島民と共に死を覚悟します。塗炭の苦しみを抱えた極限状況にあることは、洞窟に隠された滑稽なほどみすぼらしい合板製の魚雷艇震洋を見て観客が想像するしかありません。

全篇通じて、美しい浜辺や島民の暮らしが抒情的に描かれ、ときはゆっくりと流れていきます。劇的なシーンを期待していた観客は肩透かしを喰らうことになりますが、却ってそんな演出がこの映画の魅力ではないかと感じました。観客には分かり辛い奄美方言には字幕が添えられています。異国情緒さえ漂う舞踏シーンが印象的でした。


他の島の人と縁 結んじゃいけないよ
他の島の人と縁 結んでしまえば
落とすはずのない涙 落とすことになるよ
奄美島唄「朝花節」より)


凄惨な戦闘シーンこそ登場しませんが、銃後の戦争とはこんなかたちだったに違いないと思わせてくれます。沖縄出身満島ひかりさんの透明感のある演技には脱帽でした。海に遮断された加計呂麻島は精霊の宿る島、結界を隔てて今も変わらぬ風景を湛えていることでしょう。