ヴァージニア・リー・バートンのちいさいおうち展(後編)


男の子ふたりに恵まれたジニーはその息子たちのために絵本を書き始めたのだそうです。長男アリスのために『いたずらきかんしゃちゅうちゅう』(村岡花子訳)を、そして次男マイクには『マイク・マリガンとスチーム・ショベル』(石井桃子訳)を書き上げたといいます。近所の子供たちに読み聞かせ、彼らが満足するまで幾度も書き直したからこそ、今なお世界中で愛される傑作絵本が誕生したのでしょう。『ちいさいおうち』は美術のてほどきをしてくれた夫ジョージに捧げられています。写真は献辞に注目したパネルです。

絵本の主人公となったちいさいおうちやスチームショベルには、時代の変化に取り残されていくという共通項があります。新しいものをひたすら有り難がり、古いものは廃棄すれば足りるとする世の風潮にジニーは反発を感じていたに違いありません。長い間お世話になった住まいや機械に敬意を忘れてはならない、出来ることなら居場所を探してあげたいという思いを込めて絵本を書き続けたのではないかと想像します。ちいさいおうちは台車に載せられて、元あったような丘に移転し四季の移ろいを取り戻します。驚いたことに、ジニーは次男が生まれたあと、交通量の多い大通りに面した家を静かな丘に曳家して移した経験があったのだそうです。



晩年、彼女が8年もの歳月をかけて取り組んだという『せいめいのれきし』(石井桃子訳・2015年日本語版改訂)を会場で再読しました。最近の研究成果で多少の異同はあるものの、見事な自然科学の手引き書になっています。ちいさなおうちやスチーム・ショベルに人の生涯を重ね合わせたように、自身を知ることは人類の歴史ひいては地球誕生の歴史にまで思いを馳せることだと彼女は確信したのでしょう。自身の起源を知ることは地球の歴史を遡ることなのだと。最後はこう締めくくります。

「さあここからはあなたのおはなしです・・・いま過ぎていく1秒1秒がはてしない時の鎖の、新しいわです」

豊かな自然の恵みに感謝の気持ちを忘れなかったジニーは、自宅に近い入り江の先端フォリーポイントに小屋(写真下)を築いて、空と海を眺めながら余生を愉しんだのそうです。59歳の生涯に残してくれた絵本は、未来の子供たちにとってもかけがえのない贈り物となるに違いありません。

P.S. 会場入口でパンフレットの予約(1部750円)ができます。会期は8/9までです。