ブックレビュー:『フタバスズキリュウ もうひとつの物語』は女性古生物学者の自叙伝Part1だった!

上野の科博で開催中の「恐竜博2019」の目玉のひとつ「むかわ竜」発見の糸口という重要な役割を果たしたのが本書の著者、佐藤たまき(現在、東京学芸大准教授)さん。彼女が昨年上梓した本書が積んどく状態だったので、展覧会前に読んでおこうと手にとりました。「むかわ竜」は、2011年11月までノジュール(化石を含む岩塊のこと)のまま8年もの間、むかわ町穂別博物館で眠っていたのでした。全国の博物館を巡回していた首長竜研究者の佐藤たまきさんが、穂別博物館を訪れこの標本に目を留めていなければ、この世紀の大発見は見過ごされたか、先延ばしになっていたに違いありません。

2018年は「フタバスズキリュウ」発見から50年目のメモリアルイヤーでした。本書は学術論文ではありませんが、難しい専門用語には分かりやすい解説がついていて、比較的すらすら読み進められます。以前、長谷川善和さんの『フタバスズキリュウ発掘物語』(化学同人)を読んでいたので、発掘物語第2章としてすっと頭に入ってきました。ここでも、佐藤さんは「フタバスズキリュウ」発見(1968年)から38年を経て、眼窩と外鼻孔が離れている点などユニークな特徴(本書P112)を突き止め、共同研究者と連名で学会誌に発表。その結果、「フタバスズキリュウ」は新属・新種の首長竜だと認められることになります。全身の骨がすべて発見されるわけではないので(フタバスズキリュウの場合、頭骨後半欠損、全身の7割)、分類学的に同定する作業は困難を極めたのだそうです。

本書の主題はもちろん「フタバスズキリュウ」学名付与へのプロセスなのですが、読者はむしろ国土が狭く古代の大型脊椎動物の化石がなかなか見つからない我が国で、若き女性研究者がどのように道を切り拓いていったかに関心と興味をそそられると思います。

研究者を目指す場合、日本では概ね苦難の道程が待ち受けています。まして、佐藤さんがめざす古脊椎動物学という分野は、研究者が少ない上、時代はネット社会誕生以前の文献すら手に入らない1990年代半ば。佐藤さんは、米国への留学を経て、カナダへ渡り研鑽を重ねます。親元を離れた異国の地での暮らしぶりや後半のポスドク奮闘記も読み応えがありました。いわば、本書のもうひとつのメインコンテンツは、佐藤たまきさんの道なき道を行く若き研究者自叙伝Part1なのです。

東京大学の学部学生だったとき、地質学教室の教員から「恐竜はないけど、首長竜なら」と言われたという佐藤さんの地道な首長竜への愛着と研鑽のお蔭で、「むかわ竜」が7200万年の時を経て甦ったことに不思議な感懐を覚えます。「フタバスズキリュウ」は直立歩行しないから恐竜ではないと必ず但し書きがつけられますが、日本の恐竜研究の原点は間違いなく「フタバスズキリュウ」の研究にあるのです。

「恐竜博2019」を鑑賞したあとは、科博日本館3階北翼に展示されている「フタバスズキリュウ」の復元全身骨格と産状レプリカ(写真下)を是非見て欲しいと思います。恐竜博来館者を日本館へ誘導しない科博に些か不満気なのは自分だけなのでしょうか。