「兵馬俑」 X 国民的コミック 『キングダム』

先週末、会期終了間際の『兵馬俑と古代中国~秦漢文明の遺産~』展を観に上野の森美術館へ。北京オリンピックの翌年2009年に兵馬俑坑のある西安を訪れて以来の兵馬俑との再会です。「20世紀最大の発見」とされる兵馬俑坑発見のきっかけは、井戸を掘っていた農民が偶然多数の陶片や古代青銅兵器を見つけた1974年3月29日に遡ります。以来、1号坑に始まり、2号坑、3号坑と発掘が続けられ、その数凡そ8000点と言われています。西安の巨大体育館の如き施設(1号坑)で空前絶後の軍陣を目にしたときの昂奮はまさに超弩級でした。

今回、中国・陝西省から来日した兵馬俑36体を含む約200点。日本の国宝に相当する1級文物を中心にじっくり鑑賞することにしました。兵馬俑で見せつけられた強大な軍事力とは好対照の美しい装飾に縁どられた文物に目を奪われました。漢の武帝が姉のために作らせたという秘宝《鎏金青銅馬(りゅうきんせいどうば)》や亀の形の鈕が特徴的な《「王精」亀鈕金印》を眺めていると、紀元前にこれほど美しい芸術品を拵えてしまう中国という国家の底知れぬパワーに畏敬の念すら抱いてしまいます。

圧巻は等身大の俑。表情、髪型、衣服のどれひとつとして同じものはありません。実際の兵士をモデルにしただけあって、その表情から兵士としての覚悟や秘めたる気迫が伝わってきます。アップで撮った俑(下)をご覧下さい。埋蔵された当初はテラコッタに漆地を施した上で色鮮やかに彩色されていたそうです。プロジェクションマッピングで当時の姿が再現されていました。

古代中国と言えば、「黄河文明」を含む「世界四大文明」が山川の高校教科書(世界史B)に記載されなくなってずいぶん経ちます。今日では、紀元前14000年にすでに中国には「長江文明」があったと考えられています。かつて中国から多くを学んできた日本にとって、現代中国は政治的には「近くて遠い国」になってしまいました。中国を遠ざけているのは米国の核の傘の下で安住を決め込んでいる日本にも大きな責任があります。こうした機会を通して中国を知る努力は惜しんではいけないと思っています。

会場には親子連れや若いカップルの姿が目立ちました。不思議に思っていたら展示の後半で謎が解けました。若い世代の来館者は、中国の春秋戦国時代を舞台にした長編歴史コミック『キングダム』の読者だったのです。2023年1月時点で『キングダム』の累計発行部数9500万部だと知り、国民的コミックの凄まじい影響力に只々驚いています。

クールジャパンの代表格日本のマンガ、特にストーリ―重視のコミックは今やサブカルではなくカルチャーの大切な柱のひとつになっています。旧態依然の黴臭い教科書だけに頼らず、質の高い長編歴史コミックを副読本にすれば歴史への関心は間違いなく高まるはずです。