気になる機械式時計の行く末

80年代前半、クォーツ時計が時計産業を席巻し、時計の量産化やクォーツ化への対応が遅れた時計王国・スイスは壊滅的な打撃を受けました。セイコーミュージアムのHPによれば、1970年代に1600社以上あったスイスの時計メーカーは、1980年中盤には600社を割り込んだそうです。ところが、スイス大手2社の再編で誕生した新組織SMH(現在の社名:スウォッチ・グループ)がファッショナブルで低価格帯の「スウォッチ」を投入した結果、スイス時計産業全体が息を吹き返します。驚く勿れ、瀕死状態にあったスイス時計は1991年以降20年間で輸出総額を4倍まで拡大させたのです。まさに起死回生の復活劇です。

誰もがスマホを携帯する時計不要のデジタル社会を迎え、機械式時計の愛好者のひとりとして、機械式時計の行く末が気懸りでなりません。今や、時計業界全体がクォーツショック以上の危機に瀕しているとも云えるでしょう。

そんな心配を余所に、機械式高級時計の中古流通価格は高水準で推移しています。取引価格は定価の5倍前後で推移しています、世界最大級の時計専門マーケットプレイス"Chrono 24"のCEOは、次の3つの時計を『トロフィーウォッチ』と呼んでいます。

「ノーチラス」(パテック・フィリップ
「ロイヤルオーク」(オーデマピゲ)
デイトナ」(ロレックス)

需要に対して圧倒的に供給が少ない点が3つの時計の共通点です。若い世代の時計離れが進んでいるのか思いきや、世界的に見れば、セカンダリーマーケットにおいてパテック・フィリップリシャール・ミルの18~25歳の購入者は寧ろ増えているのだそうです。スイス時計に関しては、厳しい基準(国内組立工程や主要部品の内製化)をクリアした「SWISS MADE」が世界的に高く評価されています。

例えば、パテック・フィリップは永久修理を標榜し、「親から子へ」と世代を超えて(beyond Generations)、自社製品が 受け継がれるよう盤石な体制を整えています。こうしたメーカーの矜持がスイスの高級機械式時計のバリューを下支えしていると云って過言ではありません。結果的に、資産価値やステータスシンボル性が認められるスイス製機械式時計は世界で支持されています。若い世代が、人生と共に時を刻み続ける腕時計の価値に注目し、購買層が拡大することは歓迎すべきことです。実際にシースルーバックのムーブメントや美しい時計装飾を見れば、冴えわたる匠の技に思わずため息が漏れるはずです。形見分けという日本独自の文化も、世代を超えて愛されるタイムピースだからこそ成立するのではないでしょうか。

デジタル全盛時代にあって、クルマの世界で旧車が人気を博しているように、職人の技が光る機械式時計が注目されています。機械式時計の未来は決して昏いわけではなさそうです。