2023年に生誕100年を迎える作家|池波正太郎篇

遠藤周作(享年73)、司馬遼太郎(享年72)、池波正太郎(享年67)と並べてみました。共通項をお気づきでしょうか。今年2023年に生誕100年を迎える作家さんたちです。生年の1923年は大正12年。2022年の男性の平均寿命は81.47年ですから、令和基準に照らせば、お三方は早逝の部類と言えるでしょう。ワインに準えて三作家の所産を振り返れば、1923年が文壇にとってグレート・ヴィンテージだったことは明らかです。

浅草公会堂の初芝居のあと、台東区立中央図書館の一角にある池波正太郎記念文庫を訪ねました。江戸の下町を舞台にした『鬼平犯科帳』は池波正太郎の代表作のひとつで、文春文庫で24分冊にもなります。主人公の火付盗賊改方長谷川平蔵を四半世紀以上にわたり熱演した故・二代目中村吉右衛門は時代劇スターとしても人気を博しました。池波正太郎は浅草の生まれで、今も下町情緒が色濃く残る浅草エリアをこよなく愛していたのだそうです。「故郷がない」と嘆く東京人が多いなか、「私の故郷は誰がなんと言っても、浅草と上野なのである」と氏は語っています。

池波正太郎ファンに叱られそうですが、自他共に認める食通だった氏の食をめぐるエッセイは、三大シリーズ以上に面白いのです。三大シリーズの緻密な情景描写や料理描写の背後にある食文化への造詣は、氏が興じた市井の散策に原点があるのではないでしょうか。新潮文庫所収の『散歩のとき何か食べたくなって』や『食卓の情景』の真骨頂は、読者をしてお店に足を運ばせたくなるようなヴィヴィッドな背景描写にあります。エッセイに度々登場する浅草の老舗鰻屋「駒形前川」を何度か訪れたことがありますが、隅田川を一望できる二階のお座敷に腰を下ろすと、江戸時代にタイムスリップしたかのような気分に浸れます。今日、あくせく働く日常の象徴といえるのが全盛期を迎えたファストフードです。池波正太郎が生きていたら、もっとゆっくり時間を使って美味しいものを食べなさいと仰るはずです。傑作を生みだす大きな原動力は食に対する感動にあったのです。

記念文庫には、人生を味わい尽くした氏の水彩画や干支を題材に拵えたユーモアたっぷりの賀状も展示されています。

昭和は遠ざかる一方です。池波正太郎が愛した浅草界隈を久しぶりに歩いて、活気を取り戻した街の空気を思いっ切り吸い込んできたところです。