岸田劉生作《切通之写生》@東京国立近代美術館

戦争画と共に「MOMATコレクション」で見ておきたかった作品のひとつが岸田劉生作《切通之写生》(1915・重要文化財)でした。美術の教科書や画集で幾度も目にしたことのある岸田劉生の代表作《切通之写生》の実物を目にするのは今回が初めてです。

第一印象は思ったより小さな油彩画だと感じたこと。キャンヴァスのサイズは56X53cm、iPhoneポートレートモードで撮影した写真を掲げておきます。このサイズだと画家の視点で細部まで観察できてしまいます。ありふれた光景を描いた作品ですが、坂を仰視する独特の構図には想像力を掻き立てる要素が幾つも潜んでいます。安定した構図に見えて、白壁、道、土手の延長線上にあるはずの消失点(vanishing point)は1点で交わりません。ところが、鑑賞していると一見不自然な構図も次第に目になじんできます。右下から長く伸びる電柱の影が気になります。季節は晩夏を思わせますが、画面左下の石の側面に几帳面にも1915年11月5日と制作年月日が記されています。さらに、2本の電柱の影の上部にも小さな影が描き込まれています。こうなると画面右手に拡がる景色をあれこれ詮索したくなります。

手掛かりとなる朧げな記憶は過去の展覧会にありました。2014年に世田谷美術館で開催された「岸田吟香・劉生・麗子 知られざる精神の系譜」展の図録を引っ張り出して確認すると、同時期の作品《代々木附近(代々木附近の赤土風景)》に2本の電柱や剥き出しの赤土がしっかりと描き込まれています。急ピッチで土地造成の進む様子が手に取るように分かります。電柱は2本だけでどうやら架線前のようです。左手・伯爵邸の立派な白壁とは対照的な前景の荒々しい表土に視点が釘付けにされます。

切通之写生》と《代々木附近(代々木附近の赤土風景)》を見比べてみると、制作日が20日しか違わないのに双方の景色は微妙に異なります。完成度の頗る高い《切通之写生》に対して、《代々木附近(代々木附近の赤土風景)》は習作のひとつに思えてなりません。都会育ちの劉生が結婚を機に雑木林の広がる代々木に移り住んで、大地の息遣いを肌で感じながら生活するうちに、日々変化する無名の景色に愛着を覚えていったのではないでしょうか。

岸田劉生自身はこんな言葉を遺しています。

「道を見ると、その力に驚いたものだ。地軸から上へと押し上げている様な力が、人の足に踏まれ踏まれて堅くなった道の面に充ちているのを感じた」(岸田劉生画・文、北沢憲昭編集『岸田劉生 内なる美』二玄社