展覧会レビュー|「フィン・ユールとデンマークの椅子」展~建築家がデザインした椅子が機能的で美しい理由~

以前、NHKBSプレミアム『美の壺』で「木の椅子」を取り上げた回 (File 124) がありました。今回の「フィン・ユールとデンマークの椅子」展に数多くの貴重なコレクションを出品されている織田憲嗣さんが番組のなかで「精緻に設計された木の椅子には建築家の個性が凝縮されている」と述べていたのが印象的でした。椅子の約8割が建築家のデザインしたものだそうです。

建築家が椅子のデザインを手掛けるのは、(建物の場合とは対照的に)施主の意向や予算など一切気にせず、自分自身の発想をとことん貫けるからに他なりません。アントニ・ガウディフランク・ロイド・ライトも写真で示したような個性的なフォルムの椅子を設計しています。建築家が室内装飾やインテリアに関心を示すのは自然な成り行きと言えるでしょう。椅子づくりが建築の原点なのかも知れません。

ひときわ美しく繊細なフォルムの椅子をデザインしたことで知られるデンマークを代表するデザイナー、フィン・ユール(1912-1989)は美術史家志望でしたが、それでは食えないからと(父親に反対されて)デンマーク王立芸術アカデミーで建築を学んだアーキテクトです。家具デザインに関してはまったくの独学で極めたそうです。

 

展覧会のポスターにもなったフィン・ユールの代表作《イージーチェア No.45》は、アームの優美な曲線がひときわ印象的で「世界で最も美しい肘をもつ椅子」と呼ばれています。「直線は人類に属し、曲線は神に属する」とはアントニ・ガウディの言葉です。フランク・ロイド・ライトが設計した「落水荘」でも《イージーチェア No.45》が使用されていました。フィン・ユールはやがて職人芸の椅子から離れ、機械生産に適したデザインを指向していくことになります。実用的な椅子にさえ高いデザイン性が追求された結果、米国をはじめ海外で高く評価されて、デンマークに逆輸入されることになったそうです。

フィン・ユール以外にも会場には様々な形状の椅子が展示されていました。なかでも、メトロポリタン美術館が購入したとチーク製《メトロポリタンチェア》やラーセンの黒革バックのマホガニー製《エリザベスチェア(U56)》に惹かれました。つい最近逝去されたエリザベス女王が同タイプの椅子を購入したのも、彫塑芸術のような優美なデザインに魅せられたからでしょうか。

自邸の暖炉前で寛ぐために自らデザインした《チーフテンチェア(酋長の椅子)》をテラスに持ち出し、肘に足を乗せたフィン・ユールは如何にも楽し気です。デンマーク王が着座したという代物です。快適な住空間にはこだわりの椅子が不可欠です。

最後の展示室でデンマーク・デザインを実際に体験することが出来ました。「椅子は、誰かが座ってはじめて完成する」とハンス・J.ウェグナーが言うとおり、見ているだけでは椅子の座り心地は分かりません。今回の展覧会を通じて、一番身近な家具である椅子にもっとこだわってみたくなりました。さしずめ、些かくたびれてきた書斎のドレクセルヘリテイジ製チェアの張替えでもしてみましょうか。

(追伸)会期最終金曜日の夕方、雨のなか都美を訪れました。夜間延長日で18時を回ったタイミングでしたが、展覧会会場は大勢の来館者で賑わっていました。図録(税込2900円)も完売。北欧・デンマークの椅子に着目した個性派展覧会の注目度は相当高かったようです。