2022年秀山祭第三部|初見の2演目は『仮名手本忠臣蔵』七段目に『藤戸』

17時過ぎ、歌舞伎座前に着いたとき人出の多さに驚きました。花道を挟む一部座席を除いて、8月から全座席の販売が再開されたため観客が増えたのです。開演前の華やいだ空気と賑わいが戻りつつあることを心から歓迎したいと思います。第二部秀山十種の内『松浦の太鼓』に後ろ髪を引かれたものの、今月は初見の演目を優先して第三部を鑑賞しました。

2022年の「秀山祭」は、昨年11月に他界された二世中村吉右衛門さんの一周忌追善興行になりました。入場すると1階下手に写真のような遺影が飾られ、吉右衛門さん所縁のお香が焚かれていました。上品で甘い香に誘われ、遺影の前で生前を偲んで合掌。

仮名手本忠臣蔵』の七段目「一力茶屋」の見所は、本心を封印して茶屋遊びに興じる由良之助(仁左衛門)が、届いた密書を遊女お軽(雀右衛門)と九大夫(橘三郎)に盗み見されたことをきっかけに、秘めたる思いを露わにしていく処にあります。放蕩三昧の由良之助と密かに仇討ちを目論む由良之助の演じ分けは難しい役どころです。花道から力弥(千之助)が密書を届けに現れたとき、仁左衛門丈は眦だけでまことの由良之助になり切ります。終始、別人格を見事に演じ分け、色気も品格も表現した仁左衛門丈に脱帽でした。團十郎襲名披露を控え、海老蔵としての演技を見るのはこれが最後。平右衛門(海老蔵)とお軽の再会場面は冗長で少し退屈だったのが惜しまれます。

『藤戸』は能由来の松羽目物。主人公は源平合戦の立役者のひとり佐々木盛綱又五郎)です。児島に立て籠もる平家に対し、源氏は向かい合う藤戸で陣を構えます。盛綱は向こう岸へ通じる浅瀬の道案内をしてくれた漁夫を口封じのために殺してしまいます。合戦の手柄で備前匡藤戸を所領とした盛綱の前に現れるのが、殺された漁夫の母親(菊之助)です。

狂言(あいきょうげん)で浜の童を演じた8歳の丑之助君の芸達者ぶりに会場は大いに沸きました。軽やかな身のこなしに巧みなセリフ廻し、音羽屋を背負うことになる将来の大器の片鱗を十二分に披露してくれました。これからが本当に楽しみです。

やがてスッポンから龍神菊之助)が登場します。盛綱を恨んで死んだ漁夫は畜生道に墜ちて龍となり、郎党と共に数珠を持った盛綱が一心に念仏を唱え、仏の功徳で成仏をさせようと躍起になります。幕が引かれたあと龍神の花道の引っ込みで終幕です。静と動の対照的な二役~悲しみにくれる母親と異形となった漁夫の霊~を演じた菊之助丈に惜しみない拍手を送りました。