英語のワンフレーズ褒め言葉に学べ

最近、英語教育学者として知られる鳥飼玖美子さんの著書『話すための英語力』(講談社現代新書)を読む機会があって、英語にかぎらずコミュニケ―ションを図ることの難しさを再認識させられました。鳥飼さんは、1969年7月、アポロ11号が史上初めて月面着陸を成功させたとき、サイマルの村松増美さんと共に生中継を担当した同時通訳者の草分けでもあります。

異文化コミュニケーションを専門とされる鳥飼さんは、コミュニケーション能力とは、(1)文法能力、(2)談話能力、(3)社会言語能力、(4) 方略的能力の4つの要素で構成されると言います(カネールの分類)。(4)の方略的能力(strategic competence)は、理解できなかったときに聞き返したりする対応能力のことです。コミュニケ―ションを豊かに持続させる力と言い換えてもいいでしょう。会話が行き詰まってしまう原因のひとつは(4)の方略的能力が足りないせいです。小学生がリンゴを意味する英単語を思い出せないとき、リンゴの絵を描いて相手に伝えようとすれば、状況に即した対応と言えます。身振り・手振りに代表されるボディ・ランゲージも有効な手段になるかも知れません。

以前、勤務先の外資系金融機関NY支店で社内選抜MBAコースを履修していたとき、参加者全員のプレゼンがビデオ撮影され、講師からコミュニケーションの指導を受けた経験があります。そこでは、表情豊かに頷いたり受け手それぞれにアイコンタクトを欠かさないなど、コミュニケ―ションを円滑に図る術を徹底的に伝授されました。ビジネスにおいては、ロジカルな説明と情緒や感情に訴えるコミュニケーションスキルが相俟って、はじめて商談成立に発展するのです。

(2)の談話能力はスモールトークとも言われます。挨拶代わりの雑談は、相手とコミュニケーションを図る上で欠かせない構成要素です。落語でいうところの枕ですね。日本人ビジネスマンの談話能力は欧米人に比べて著しく劣るように思います。最大の要因は話題(教養=綜合知)が乏しいこと。ゴルフやサッカー(昔はプロ野球)が話題に上るのが精一杯ではないでしょうか。歴史、宗教(聖書)、美術、舞台芸術、食文化などスモールトークに欠かせない教養は、最低限身に着けておきたいものです。

日本の大学教育の水準は世界的に見て決して高くありません。その上、大学卒業と同時に学びから遠ざかる人が多いように思います。従って、社会人になってからどのような知識とスキルを身につけるのかで、その後の人生に大きな差が出てしまいます。一流ビジネスパーソンとしてのコミュニケ―ションスキルの取得もそのひとつです。コミュニケ―ションは会話だけはありません。母語はもちろんのこと、外国語で無駄のない正確な文章を書く力も磨いていく必要があります。

言語によるコミニュケ―ション能力は低下の一途を辿っているように思えてなりません。若い女性が「かわいい」の一言で済ませてしまうのは、明らかなボキャ貧(死語?)、言語運用能力低下の証です。一方、アメリカ人ビジネスパーソンと会話すると、矢継ぎ早にワンフレーズ褒め言葉が飛び出します。例えば、来日したゲストを隅田川岸の料亭に連れて行ったとしましょう。ライトアップされた池には錦鯉が悠々と泳いでいます。遠くからは打ち上げ花火の音が聞こえます。真夏の江戸情緒を感じて貰おうという寸法です。床の間を背にしたゲストからは、”beautiful”、"excellent "、 "gorgeous"、 "fantastic"、 ”marvelous”、 "terrific"・・・これでもかとワンフレーズ褒め言葉が発せられるはずです。日本語にはこれに代わる適当な褒め言葉が見当たりません。日本人のお礼の言葉がそっけないと言われる所以です。

アメリカゲストが帰り際に日本人からプレゼント(例えば「江戸風鈴」)を受け取ったとします。きっとこんな会話になるはずです。

”May I open it now ? " (中身をいま開けてもいいかな?)

"Oh, its unbelievable. This is exactly what I wanted !! " (えっ、信じられない。これ、欲しいと思ってたものなんだよ!)

歯の浮くようなワンフレーズ褒め言葉は、会話を弾ませる着火剤のようなものです。たとえ短くても、魂のこもった言葉であれば自然心が動きます。ユーチューバ―のなかには視聴者のハートを鷲掴みにするスーパーヒーローもいることは認めます。他方、いい歳したおじさんやおばさんが、LINEスタンプ「いいね」を押してコミュニケ―ションとったつもりでいるのは頂けません。薄っぺらな会話しか成立しないスマホの先の誰かさんに閉口している自分は、ないものねだりの少数派なのでしょうか。