ドキュメント72時間|「真冬の津軽の列車にて」~苦境を訴えるポスターが刺さる~

NHKの『ドキュメント72時間』という番組をときどき視聴します。昨年1年を通じて印象に残っているのは、京都・錦市場に隣接した小さなコーヒースタンド「びーんず亭」を紹介した6月25日の放送です。店頭では店主こだわりのコーヒー豆が販売され、1杯200~300円で日替わりコーヒーも提供されます。店舗はたった2坪、常連さんから一見さんまで様々なお客さんがやって来ます。京都と言えば日本茶のイメージが先行しがちですが、京都府のコーヒー消費量は全国1位(2位は広島)です。確か、パンの消費量も京都府が全国一だったはず。72時間の定点観測を通して、店を訪れる人々のコーヒーへの愛着がじんわり伝わってきます。京都もコーヒーも大好きなので、今度京都を訪れたら「びーんず亭」に立ち寄ってみるつもりです。

今月18日に放送された「真冬の津軽の列車にて」は、青森県・奥津軽を走る本州最北の私鉄・津軽鉄道が舞台です。津軽五所川原津軽中里間(20km)を結ぶ津軽鉄道には、夏は風鈴列車、秋は鈴虫列車、冬はストーブ列車と季節ごとに装いを変える観光列車のイメージが強いと思います。番組は、地吹雪が猛威を振るう真冬の1月30日から72時間、津軽鉄道を利用する地元の人々に密着してその素顔を追いかけます。

インタビューに応じたのは、新年度から東京へ進学する女子高校生、数十年ぶりに故郷に戻ってきたという男性、雪に埋もれた自家用車を救出してくれた駅員に感謝する女性。津軽鉄道は、日々の暮らしになくてはならない足になっています。車体と車輪の間はすぐに分厚い雪で覆われるので、停車中に駅員が手際よくブラシで雪を払っていきます。定時・安全運行のために駅員さんたちが懸命に働いています。ストーブ列車の名物、ワゴンで運ばれてくる日本酒やストーブで炙るスルメは、厳しい冬を乗り切るための知恵のひとつなのでしょう。芦野公園旧駅舎(太宰治の『津軽』に登場します)を活用した赤い屋根の喫茶店「駅舎」の女性店主は、ストーブ列車に乗り込むお客さんの姿が遠ざかるまで手を振って見送っていました。お客さんは真冬に雪景色を見にやってきた観光客だったのでしょうか。津軽鉄道の一期一会に胸が熱くなります。全国的に知名度の高い津軽鉄道少子化や車利用の増加で、売り上げはピーク時の3分の1程度まで落ち込んでいるそうです。津軽鉄道はまだ大丈夫 そう思っていませんか?」と書かれたポスターが駅に貼られていました。ハイシーズンの観光客頼みでは経営は成り立たないのでしょう。苦境を訴えるポスターが心に突き刺さりました。募集中のレール・オーナー(1口1mで5000円から何口でも)に手を挙げようかと思っているところです。

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番組後半、津軽五所川原へ向かう津軽鉄道(下り)の車窓(進行方向右手)から雪化粧した岩木山(1625m)が映りました。山頂は三つの峰に分かれています。太宰治は『津軽』のなかで、郷土の先輩葛西善蔵岩木山評をちゃっかり引用しています。津軽富士と呼ばれるのは富士山のような独立峰だからです。

岩木山が素晴らしく見えるのは、岩木山の周囲に高い山が無いからだ。他の国に行ってみる。あれくらゐの山は、ざらにあら。周囲に高い山がないから、あんなに有難く見えるんだ。自惚れちゃいけないぜ。」

太宰治はその山容を「十二単を拡げたようで、透き通るくらいに嬋娟たる美女」と喩えています。雪化粧した岩木山を見て、奥津軽を訪れるなら真冬に限る、そう意を強くしたところです。