シネマレビュー:『AK-47』|世界最強の銃誕生物語

旧ソ連には設計者の名を冠した銃器が数多くあります。「シモノフ」は対戦車用に開発された半自動ライフル、「トカレフ」略してTT-33は、第二次大戦中、ソ連軍制式拳銃に採用された銃器です。「トカレフ」は、密輸入され暴力団が発砲事件を起こしたりするので日本でもよく知られた存在です。映画『AK-47』(2020年)は、世界で2億挺以上製造されたという自動小銃「AK-47」(アフタマートカラシニコフ)の誕生物語です(47は1947年を意味します)。設計者であり発明者のミハイル・カラシニコフ氏は元赤軍戦車兵、前線で負傷し入院することになります。このとき、自身の前線での経験はもとより、「ソビエト製ライフルは使い物にならない」と口々に零す入院兵士たちの声を聞いて、元来機械好きだった天性のエンジニア魂に火がつきます。

正規の専門教育を受けていないカラシニコフ氏の階級は上等軍曹。周囲に新兵器のアイディアを提案しますが、なかなか相手にされません。やがて、彼の熱心さにほだされた旋盤工などの職人たちが協力を申し出、次第にアイディアが形となっていきます。これまで戦争映画を数多く見てきましたが、銃器開発の舞台裏をテーマにした作品は記憶にありません。その意味で、銃器に求められる性能や制式採用されるまでのプロセスなどディテールすべてが新鮮でした。その後、妻となる女性技師エカテリーナとの出会いが、カラシニコフ氏の人生を大きく方向転換させます。

「AK-47」を旧ソ連が制式採用したのは、第二次世界大戦後の1949年。その後、旧共産圏を中心に普及し、改良されながら50年以上、世界の紛争地域で使用されています。『世界で最も多く使用された軍用銃』としてギネス世界記録に登録されていることから明らかなように、「AK-47」は、20世紀を代表する銃器であり、世界一のロングセラー銃器なのです。映画に登場する試射の場面では、試作品の銃器を水や砂塵に潜らせたりして、過酷な使用環境に耐えうるかどうか徹底的に検証します。銃身が凍りつき二発目が不発に終わる戦闘シーンは印象的です。旧ソ連は寒冷地ですから、極寒の下における作動性も検証の対象です。「AK-47」は、実戦の際の過酷な使用環境や戦時下の生産体制(部品のばらつき)なども考慮して製造された銃器の傑作なのです。「どんなに乱暴に扱われても壊れない」「グリスが切れようが水に浸かろうが砂に埋めようが、まだ撃てる」など最高の讃辞を勝ち得ています。「トカレフ」同様、徹底的にシンプルな設計にこだわったことが、卓越した信頼性(銃器としての精度)と共に、耐久性と生産性を実現します。旧日本軍が明治38(1905)年に仮制式とした「三八式歩兵銃」を終戦時まで40年の長きに亘って使い続けた愚と引き比べると、暗澹たる思いに駆られます。片や1回のボルトアクションで連射、重たく銃身の長い「三八式歩兵銃」は発砲する度にボルト操作が必要なのですから。

皮肉なことに、「AK-47」は世界で最も多くの人を殺戮した兵器となります。コピー製品を生産し続ける中国にカラシニコフ氏は不快感を示していたそうです。技術中将にまで昇りつめたカラシニコフ氏(写真下)は、あくまでナチス・ドイツから祖国を守るために開発したのだと言います。「史上最悪の大量殺戮兵器」の開発者という汚名を着せられたカラシニコフ氏はさぞ業腹だったことでしょう。

旧ソ連の英雄、ニコライ・ヴォロノフ砲兵総元帥は若き才能の開花を認め、整列した兵士たちに偉大なる設計者だとカラシニコフ氏を紹介すると、万雷の拍手が沸き起こります。ヴォロノフ元帥はカラシニコフ氏に休暇を与え、映画は妻とふたりの娘を伴って故郷アルタイに戻ったカラシニコフ氏が母親と再会するシーンでエンディングとなります。