ミュージカル『オリバー!』と原作のギャップに戸惑う

昨夜、渋谷|東急シアターオーブを訪れ、ミュージカル『オリバー!』を観てきました。歌舞伎座には毎月足繁く通っているのですが、ミュージカルとなると実に3年ぶり、2018年の「シラノ・ド・ベルジュラック」(日生劇場)以来です。東急文化会館の跡地に建設された渋谷ヒカリエの11階~16階を占める東急シアターオーブは、ブロードウェイからの来日公演を想定した客席数1972席を擁する大型劇場です。

 

『オリバー!』は、英国の文豪チャールズ・ディケンズ(1812-1870)の代表作『オリヴァー・ツイスト』を下敷きにしたミュージカルです。初演は1960年、日本公演は1990年以来だそうです。世界的プロデューサー、キャメロン・マッキントッシュが手掛ける『オリバー!』を観てみようと思ったきっかけは、学生時代、ディケンズに傾倒した一時期があったからです。

物語の舞台はヴィクトリア朝イングランド。救貧院で生まれ育った主人公のオリバーは、ひもじさのあまりお粥のお代わりをねだったばっかりに(原作ではくじ引きで決まる)、売り飛ばされた葬儀屋でひどい仕打ちを受け、命からがら逃げ出しロンドンにたどり着きます。著しい貧富の差が生じたロンドンにあって、行き場のないオリバーに寝所を提供したのはコソ泥集団のボス・フェイギン(武田真治)でした。英国紳士のポケットに(ちょちょいのちょいと♫)手を突っ込んで、ハンカチや金品を盗むフェイギン傘下の子供たちは、誰しも恵まれない過去を抱えているはずなのに、どこまでも明るく屈託がありません。観客が舞台狭しとパワフルに動き回るちびっ子窃盗団のエネルギーに、観客が終始圧倒されっ放しになること請け合いです。瀟洒なロンドンの街並みや華やいだ都市の活気は前半のモノトーンの救貧院の暮しとは頗る対照的で、舞台セットの転換が大きな見どころになっています。窃盗の被害者にして典型的な英国紳士であるブラウンロウ氏(目黒祐樹)に引き取られたオリバーに少しずつ希望の光が差し込みます。窃盗団の一味ナンシー(ソニン)は、オリバーの身を案じ命懸けで盾となった結果、極悪非道のビル・サイクス(spi)に殺されてしまいます。そのビルも追手の警官射殺され、巣窟と蓄えを失ったフェイギンは力なく客席に背を向けて舞台後方へ退き、終幕となります。

ミュージカル『オリバー!』の主役は、フェイギンでもナンシーでもなく、圧倒的なパワーで希望の見えない暗い世相を吹き飛ばさんばかりに逞しく生きる最下層の子供たちです。ミュージカルが上質のエンターテイメントに仕上がったのは、猛稽古を重ねたに違いない子役の皆さんのダンスや歌唱力の賜物です。残念でならなかったのは、1階席後方が殆ど空席だったこと。Wキャスト体制を敷いたため、集客が知名度の高い市村正親濱田めぐみの公演日に偏ったせいでしょうか。オーディションでフェイギンに抜擢されたという武田真治さんの役作りはお見事でひょうきんで憎めない悪党ぶりに好感が持てました。市村フェイギンも観る機会があれば良かったのですが・・・救貧院教区吏を務めるバンブルを芋洗坂係長が好演、後にバンブルと再婚するコーニー夫人(浦嶋りんこ)との掛け合いは後半の見どころのひとつです。

ディケンズの初期の長編小説『オリヴァー・ツイスト』は翻訳文庫本で優に700頁を超える大作。上演時間2時間余りで時代背景や登場人物を網羅することは到底不可能なので、ミュージカル『オリバー!』は純粋に群像劇によるエンターティメントとして楽しむといいでしょう。ただ、原作を知る観客は登場人物の心理描写が物足らなく感じてしまうでしょう。ビルに好意を抱きながらナンシーがオリバーに同情し撲殺されてしまう場面はその典型です。ミュージカルと原作とのギャップに戸惑いながら、数十年ぶりに『オリヴァー・ツイスト』を読みたくなりました。

P.S. ハロウィンウィークの特典でカーテンコール後に、サワベリー夫妻による抽選会とプロデューサー氏?と武田真治さんによる舞台機構解説がありました。UKからコンテナ11台で運んできた舞台装置に加え、日本独自の趣向を凝らした点などの解説は思わぬ収穫でした。