自民党総裁候補の政策論争に見る<「現実」主義の陥穽>

<「現実主義」の陥穽>と括弧書きにしたのは、この言葉が昭和を代表する政治学丸山真男(1914-1996)の論文タイトルだからです。同論文を所収する『現代政治の思想と行動』(未來社)は、昔は法学部生の必読書のひとつで、自分も貪るように読んだ記憶があります。初出は1952年5月号『世界』です。

発表当時、すでに朝鮮戦争が勃発し駐留米軍朝鮮半島へ出向くなか、国内治安維持のために警察予備隊が創設されていました。東西関係が緊張の度合いを強めるなか、丸山論文は、西側の一員として再軍備の道へひた走ろうとする政府・現実主義者を手厳しく批判する内容になっています。旧安保条約が調印されたのは、1951年9月8日ですから、世論の大勢は日米安全保障条約に鑑み再軍備やむなしに傾いていたのでしょう。

政治の世界において、「その政策は現実的ではない」と批判された側は十中八九論駁に窮するのではないでしょうか。すぐ思い浮かぶ「現実」の反対語は「空想」です。「その政策は絵空事だよ」と言われているに等しいのですから。

自民党総裁候補4人の主な政策や主張を見ると、福島第一原発事故以前からの筋金入り脱原発派だった河野候補は「現実的なエネルギー政策」を訴え、「安全が確認された原発を再稼働していくのが現実的だ」と主張しているので、安倍・菅政権時代と変わらない原発温存路線を踏襲する方針に変節したかに見えます。この「現実路線」こそ、自民党議員票獲得のための勝利の方程式なのでしょう。


「現実主義」という言葉には、ややもすると反対論者を空想主義者と断罪する響きが伴います。日常生活においても、リアリティを欠く発言は批判に晒されがちです。もうひとつの「現実」の反対語は「理想」です。政治が「理想」や「理念」を放棄してよりよい社会が生まれるはずはありません。いみじくも丸山論文が「陥穽」と指摘したのは、「現実主義」がそれ以外の選択肢を「空想的観念論」にすぎないと一方的に切り捨てるための策略に他ならないからです。

悪しき「現実主義」は、政治的問題に対して絶えず場当たり的な対処を繰り返し、結果的に事態を深刻化させています。沖縄の辺野古移設問題然り、福島第一原発のALPS処理水の海洋投棄然り、後手後手の新型コロナウイルス感染対策然りです。現実的な選択肢こそ唯一の解決策だと思わせるこうした政治手法に、国民はそろそろNOを突きつけるべきではないでしょうか。