『藤井聡太論 将棋の未来』~AIを超えて~

藤井聡太論』(講談社+α新書)の著者は、日本将棋連盟会長を歴任された谷川浩司九段。この本を読もうと思ったきっかけは、昨年7月、棋聖戦5番勝負に挑んだ藤井七段が第2局58手で指した「△3一銀」が「AI超え」と呼ばれるようになったことです。進化を重ねる将棋ソフト「Ponanza」がタイトルホールダー佐藤天彦名人と対局、第1局を71手、第2局は94手で勝利したのが2017年のこと。トップ棋士でさえ最強将棋ソフトに敵わない時代が到来し、暗澹たる思いに駆られていたところ、藤井七段がときの最強将棋ソフト「水匠2」が候補手に掲げたベスト5にも入らない絶妙の一手を指して、形勢を圧倒的有利に運んだのです。その一手はソフトが6億手先まで読んで初めて浮かび上がった最善手だったそうです。

中学生でプロ入りを果たした「中学生棋士」は将棋界にたった5人しかいません。2016年12月、14歳5ヶ月でプロデビュー戦(vs加藤一二三)を勝利で飾り、公式戦勝利史上最年少記録を更新した藤井さん。彼以外の4人は全員名人となり、さらに谷川浩司九段と羽生善治球団は名人を5期務め、永世名人になっています。藤井さんはデビュー後も連戦連勝を重ね、29連勝という歴代最多連勝記録を築き上げます。計り知れないポテンシャルを感じさせる藤井さんの活躍は、デビュー当時から桁外れだったのです。谷川さんは29連勝を成し遂げた時点で藤井さんの恐るべき棋力に気づくべきだったと述べています。ちなみに藤井さんは2017年から4年連続で勝率1位賞を受賞しています。超高速で昇段を重ねるにつれ、藤井さんの対局相手には百戦錬磨の高段者やタイトルホールダーが増えてきます、にもかかわらず勝率は8割台を維持しているのです。数字に明るい谷川さんは、29連勝を実現するにはもとより9割近い勝率が必要だったと判断したわけです。藤井さんの勝率が7割台に落ちてくれないと他の棋士の出る幕はないとさえ谷川さんは言います。

2017年(.836) → 2018年(.849) → 2019年(.815) → 2020年(.846)

<驚異的>、<奇蹟的>、<無類の強さ>、<不屈のメンタル>・・・すべて藤井さんへの手放しの讃辞です。最近は和服姿も堂に入り、トップ棋士としての風格さえ感じます。デビュー以来、奨励会時代の90分の持ち時間を遥かに上回る長る持ち時間を、圧倒的な集中力で使い切る新人離れした非凡さが藤井さんの強さの源泉だと谷川さんは喝破します。そして、藤井さんの比類なき才能は<毎日毎日の積み重ねをそれほど苦にせず、自然に長時間続けることのできる力>だと谷川さんは言い切ります。才能とは<努力を継続する力>なのだと再認識させられます。2016年から将棋ソフトを採り入れ研究に余念のない藤井さんの弛まぬ努力は余人の想像を絶するものなのでしょう。その藤井さんにして「Ponanza」と数局対局したところ、全敗だったそうです。

今日は叡王戦5番勝負第4局。終盤、Abemaライブ中継(ソフトは「水匠4」)を観戦していたら、91手で挑戦者の藤井さんが敗れ、対戦成績は2勝2敗となり、勝負は最終局に持ち越されました。藤井九段は感想戦で完敗だったと振り返っていました。同世代に確たるライバルの見当たらない藤井さんにとって、ただひとり、大きく負け越している豊島叡王竜王)(31歳)との対戦成績はこれで6勝9敗となりました。最終局が楽しみでなりません。初のタイトル防衛戦となった棋聖戦を4強の一角渡辺明名人を3-0で下し、史上最速で九段昇格を決めた藤井棋聖・王位のさらなる進化に注目です。成人前に6冠を制する可能性も強ち否定できません。タイトル99期という空前絶後の記録を保持する羽生九段は、令和はカオスの時代だと予測したそうです。4強(藤井さんに渡辺明豊島将之永瀬拓矢)らトップ棋士たちの人工知能に対する巻き返しに期待したいところです。