映画『マーシャル・ロー』(原題:The Siege)が予知した9.11同時多発テロ

最近、1998年に米国で制作・公開された『マーシャル・ロー』を観て、思わず唸ってしまいました。というのは、映画公開から3年後の9月11日に起きた米国同時多発テロをまるで予知したかのような内容だったからです。莫大な予算を使って世界中に諜報網を張り巡らすCIAとFBIの対立を軸に、NYで次々と起こる無差別自爆テロの背後に隠された真実に迫るFBI特別捜査官アンソニー・ハバード(デンゼル・ワシントン)が主人公です。邦題『マーシャル・ロー(martial law)』の意味するところは「戒厳令」。テロリストの壊滅をめざして、FBIは躍起になって犯人検挙に努めますが、増殖する細胞の如く出現する新たな敵になす術がありません。やがて、テロ対策本部が設置された連邦政府ビルに爆弾満載のバンが突入。600名以上の犠牲者が出るに及び、とうとう戒厳令が敷かれ、デヴロー将軍(ブルース・ウィリス)が指揮を執る大部隊が街中を包囲し、アラブ系市民を根こそぎ連行してスタジアムに隔離監禁します。映画の原題”The Siege”は包囲作戦を意味しますから、戒厳令下におけるこの強行措置に由来します。

最後まで不満が残ったのは、最後にハバードとタッグを組むことになるCIAの女性エージェント、シャロン・ブリッジャー(アネット・べニング)の立ち位置。シャロンは当初NSCのエリース・クラフトを名乗り、無差別テロに繋がるCIAが加担した過去の工作内容をハバードには決して明かそうとしません。シャロンが情報源として重用する容疑者のひとりサミールとシャロンは恋人同士、ふたりが繋がった背景をもう少し丁寧に描いておかないと、折角の結末が際立ちません。駆け足でシャロンフセイン政権下の工作を語らせますが、十分な説明にはなっていません。制作当時の国際情勢を巧みに採り入れた近未来予知映画の秀作なのに、総じてこの映画の評価が低いのはそのせいだと思われます。

一番印象に残ったのは、<CIAはいつも作戦に失敗してきたわ>というシャロンの言葉。ハバードのアラブ系同僚フランクはバーでシャロンに向かって、<CIAはソ連の崩壊を予知し損ねた>と揶揄してみせます。テロの遠因を作ったのは他ならぬCIA、そんな大胆な仮説が、俄然、現実味を帯びてきます。決してしくじれない最後のミッションに臨むシャロン、バックには日没後の美しいNYの夜景が映し出され、9.11同時多発テロで倒壊したワールドトレードセンター・ツインタワーが一際輝いて見えます。

米国同時多発テロの3年前に無差別自爆テロを的確に予知する映画が制作されていながら、合衆国政府が9.11同時多発テロを未然に防ぎ切れなかったことがどうしても腑に落ちません。本作の脚本を手掛けたローレンス・ライトは、2007年に自著『倒壊する巨塔ーアルカイダと「9.11」への道ー』でピューリッツアー賞を受賞、同作をテレビドラマ化しています。フィーチャーしているのはFBIとライバル関係にあるCIAとの不和や内紛。今年で米国同時多発テロから20年、未だに陰謀説が渦巻くなか、アルカイダが引き起こした自爆テロという結論づけをすんなり受け容れるわけにはいきません。