猿之助に代わって巳之助が熱演『加賀見山再岩藤』(八月花形歌舞伎)

昨年来、観劇もコロナ禍の影響をもろに受けています。忘れもしない去年の8月5日のことです。八月花形歌舞伎第3部「吉野山」(『義経千本桜』四段目口)のチケットを手配してあったので、歌舞伎座に出向いたところ、突然休演のアナウンス。微熱の舞台関係者がいたため急遽休演になったようですが、現地で突然休演を告げられようとは思いも寄りませんでした。このとき佐藤忠信(実は源九郎狐)を演じるはずだったのは猿之助さんでした。

それから1年、2021年の八月花形歌舞伎第1部『加賀見山再岩藤(かがみやまごにちのいわふじ)』は公演チラシに<市川猿之助六役早替り相勤め申し候>とあるように、猿之助丈が舞台に立つはずでした。ところが、定期的なPCR検査で猿之助さんの「陽性」が判明。坂東巳之助(31)さんが猿之助(45)さんの代わりを勤めることになりました。猿之助さんの六役早替りを楽しみにしていた自分も含めたファンにとっては残念な降板でしたが、わずか4日のお稽古で臨んだという巳之助さんの演技はそつがなく見事というしかありませんでした。館内に響き渡る力強い発声が巳之助さんの持ち味のひとつだと思います。猿之助さんが降板していなければ、花房求女(門之助)の家来鳥居又助を演じるはずでしたが、これだけ見事な演技を見せつけられると脇では役不足と言うしかありません。さすが故十代目坂東三津五郎さんの跡取りです。以前、スーパー歌舞伎II『ワンピース』で、麦わらの一味ゾロ、オカマのボン・クレー、白ひげ海賊団のスクアードというまったく異なるキャラクターを巧みに演じ分け、大喝采を浴びたことを思い出しました。特にオカマのボン・クレー役は嵌り役以上でその演技は記憶に深く刻まれています。

加賀藩のお家騒動を下敷きにしたと言われる『加賀見山再岩藤 岩藤怪異篇』(河竹黙阿弥作・1860年初演)は初めて観る演目でしたが、お屋敷から取り違えの闇討ちへ、そして馬捨場へと小気味よく場面が切り替わっていきます。この演目が通称「骨寄せ(こつよせ)の岩藤」と呼ばれる所以は、お家乗っ取りを企み成敗された局・岩藤の遺骨が忽然と寄り集まり亡霊となって、二代目尾上(岩藤を切った召使いお初)(雀右衛門)に復讐を誓うという筋書きだからです。舞台上手から怪しげな陰火が現れ、遺骨が合体していくあたり、怪談じみていて真夏の演目にはうってつけです。岩藤が亡霊として甦る本篇は、そのいきさつを描いた『加賀見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』を見ておけばすっと繋がるのでしょう。後日談『加賀見山再岩藤』における亡霊岩藤の草履打ちも然りです。幕間を前に、美しく着飾った岩藤(巳之助)が花日傘片手に再び姿を現し、桜が咲き誇る山上を宙乗りで浮遊します(「ふわふわ」と呼ばれる印象的な場面です)。

幕間を挟んで舞台は多賀家下館へ。お家乗っ取りを急ぐ望月弾正(巳之助)は御簾越しに多賀大領(巳之助)を討つはずが、誤ってお柳(笑也)を殺めてしまいます。改心したお柳に諌められ弾正も落命、ようやく目の覚めた多賀大領が鬼子母尊像をかざすと岩藤の亡霊はとうとうバラバラになって消え失せます。

最後に、舞台上で巳之助さんが深々と頭を垂れると満場割れんばかりの拍手でした。今年観た舞台では一番印象に残る演目になりました。