<モエレ沼公園>から企画展「イサム・ノグチ 発見の道」へ

6月1日から再開した都美の企画展「イサム・ノグチ 発見の道」(会期:8/29まで)へ足を運ぶ前に、どうしてもこの目で見ておきたかったのが札幌市東区にある<モエレ沼公園>でした。同公園の基本設計を手掛けたのは世界的彫刻家として知られるイサム・ノグチ。もともとはゴミの処理場だった広大な埋立地は、今や、札幌市を代表するランドマークに生まれ変わっています。<モエレ沼公園>の着工は1982年、1988年3月に札幌を訪れたイサム・ノグチが請われてすでに建設の始まっていた公園造成事業に一石を投じるマスタープランを提示し、同年12月に氏が急逝するも、その遺志を引き継いで2005年グランドオープンに漕ぎつけたものです。<モエレ沼公園>は、謂わばイサム・ノグチの遺作でもあるのです。

新千歳空港から車で約1時間。先月10日、念願の<モエレ沼公園>を訪れました。生憎、札幌市に「まん延防止等重点措置」が適用中だったため、「ガラスのピラミッド」内部のギャラリー見学やレンタサイクルの利用等が制限されていましたが、公園内は自由に往来できたので所期の目的を果たせました。標高62mの「モエレ山」や「プレイマウンテン」をはじめ、大人も子供もワクワクするような工夫が随所に散りばめられています。日本建築学会賞(2008年)をはじめ数々の賞に輝いたのも当然です。人工的な創造物でありながら、ノグチの遊び心が生み出したいかにも大陸的な起伏に富んだ景観はしっかりと北の大地に根づいています。イサム・ノグチは彫刻家であると同時に景観デザイナーの先駆者でもあるのです。フラットな芝生エリアではカラフルなテントが目立ち、家族が休日を楽しむ光景はノグチの目論見どおりだったに違いありません。面積189haに及ぶ壮大な都市公園は、入園料も駐車料金も無料。札幌を訪れたら、<モエレ沼公園>で日がな1日過ごしたいところです。唯一の難点は交通アクセス、札幌中心部からは地下鉄とバスを乗り継がないと行けません。

北海道から戻って、早速、都美へ。完全予約制なので混雑から解放されて快適に企画展を鑑賞できました。コロナ禍が収束しても混雑緩和の観点から引き続き予約制を維持して欲しいものです。展示は、第1章|彫刻の宇宙 第2章|かろみの世界 第3章|石の庭の三部構成。絵画の場合、壁に所狭しと作品を掲げ、じっくり鑑賞するゆとりがないケースが殆どです。その点、本企画展の作品数は94点だったのも理想的でした。

ぬくもりを感じさせる提灯の灯りや溶融亜鉛メッキ鋼板やブロンズを用いた彫刻群よりも、2Fの石の彫刻群(撮影不可)に惹かれました。その多くはイサム・ノグチ財団・庭園美術館(ニューヨーク)所蔵の作品でした。60歳で高松市牟礼町に「石のアトリエ」を構え、若き石工・和泉正敏と出会い、好んで用いた石材が庵治石(花崗岩の一種)(右上の写真の左手は会場に設置されたノミ切り仕上げの庵治石です)。会場では大型ディスプレイで生前のまま保存されているアトリエや住居の様子を窺えます。若きイサム・ノグチは、「この地球そのものが彫刻ではないか」と閃いたのだそうです。20代で構想したという遊び山<プレイマウンテン>は<モエレ沼公園>で実現します。イサム・ノグチの石の彫刻は、屋外の環境と一体化してこそ、真価を発揮するのだと確信しました。

最近刊行された『イサム・ノグチの空間芸術』(松木裕美著・淡交社刊)は、高層ビルに象徴される資本主義社会へのイサム・ノグチの関わり方にスポットライトを与えています。イサム・ノグチの多彩な業績は、コロナ禍にあって、より脚光を浴びるのではないかと思います。