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映画『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』(2019年)で知るホロドモール

時代背景を知ってから観るとこの映画をより深く理解できると思います。本作は、実在したイギリス人ジャーナリストによるスターリン治世下のソビエト連邦をめぐる決死の取材を描いたものです。冒頭、ウエールズ出身の若きジャーナリスト主人公ガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)は、英国政府内の会議でヒトラー台頭の危険性を指摘して、周囲の失笑を買います。明晰な分析力を買われ英国首相ロイド・ジョージの外交顧問を務めていたガレスは、世界恐慌の真っ只中、例外的に経済発展を遂げるソビエトの実情に疑問を持ち、ひとりモスクワに渡り、至難の取材に挑みます。このとき、ガレスはすでに外交顧問の職を解かれ、フリーランスのジャーナリストに過ぎません。

頼りにしていた現地の記者仲間は面会後まもなく殺害され、ピューリッツアー賞受賞歴のあるNYタイムズモスクワ支局長のウォルター・デュランティ接触するも、ほどなくソビエト政府による饗応で完膚なきまでに骨抜きにされていることを知ります。ソ連経済の実情を取材するには、モスクワから脱出するしかありません。

党幹部の知遇を得て、贅沢な料理やお酒が供される一等車に共に乗り込み、ウクライナに向かいますが、後部車両へ移動してみるとみすぼらしい身なりの乗客が皆、空腹のせいで衰弱し切っていることに気づきます。途中で党幹部の目を盗み下車、ガレスはひとり荒野に足を踏み出します。

そこで目にするのは想像を絶する飢餓に苦しむウクライナの人々の姿でした。荷車に折りたたむように積み上げられた死体の山に泣き止まぬ赤ちゃんが放り込まれ、かろうじて生き永らえる幼な子が口にしていたのは兄弟の人肉でした。

「ホロドモール」(飢饉意味する「ホロド」と病死を意味する「モール」を組み合わせた造語)とは、スターリン統治下の旧ソ連ウクライナ地方で1932年から1933年にかけて人為的に招かれた大飢饉だったのです。

ウクライナといえば小麦の世界的生産地。第二次大戦中、その肥沃な黒い土「チェルノーゼム」にナチスが目をつけ運び出そうとしたことでも知られています。外貨獲得のために収穫された小麦は国外に輸出され、天候不順による生産量の激減が生産者をさらに追い詰めます。

この大飢饉によってウクライナでは人口の20%(国民の5人に1人)が餓死し、正確な犠牲者数は記録されてないものの、400万から1450万人以上が亡くなったと言われています。ホロドモールは旧ソ連政府の情報操作で長く隠蔽され、80年代になってようやく政府が認めたのだそうです。

この映画を観るまで、恥ずかしいことに「ホロコースト」と並ぶ20世紀最大の悲劇のひとつとされる「ボロドモール」の悲劇を詳しく知りませんでした。内政不干渉を盾にこうした「ジェノサイド」は今なお巧妙に隠蔽されています。中国政府によるウイグル弾圧はその一例です。米政府は「ジェノサイド」認定しましたが、日本政府は慎重な姿勢を崩していません。

この映画のエンドロールには、その後のデュランティとガレスの対照的な運命が流れます。かつて社会の木鐸と呼ばれていた新聞の購読者は減る一方で、新聞社は経済的窮地に追い込まれ、自由な取材による公正な報道は危機に瀕していると言えます。ガレス・ジョーンズが終生貫き通した使命感を我が国のジャーナリズムはいつまで保持できるのでしょうか。