初代『はやぶさ』映画の寸評~究極の縮み志向~

昨年12月6日、小惑星探査機『はやぶさ2』が地球に帰還。火球となったカプセルは、オーストラリア南部・ウーメラの地に落下し、無事回収されました。初代『はやぶさ』が、度重なるトラブルで満身創痍となり大気圏に突入、燃え尽きてしまったのに対し、『はやぶさ2』はリエントリーカプセルを切り離した後、地球から離れすでに次のミッション(小惑星1998KY26の探査)に挑んでいます。もっとメディアが大きく取り上げてもいいはずなのに、加熱するコロナ禍報道のせいか、運航が順調すぎたせいなのか、期待したほど成果情報が聞こえてきません。続報は、数日前に宇宙航空研究開発機構(JAXA)が「『はやぶさ2』が持ち帰った小惑星リュウグウ地表で採取した石は(穴がたくさん開いている割に)予想より硬かった」と発表した程度です。

この際、奇蹟の帰還を果たしたと云われる初代『はやぶさ』(小惑星イトカワ探査機)をテーマにした映画を観て、はやぶさプロジェクトの軌跡をお浚いしておこうと思い立ちました。同時期に4本も映画制作されているとは全く知りませんでした。鑑賞したのは★印の2本です。

(1)はやぶさ HAYABUSA BACK TO THE EARTH(角川映画)

(2)はやぶさ-HAYABUSA-(20世紀FOX)★

(3)はやぶさ 遥かなる帰還東映)★

(4)おかえり、はやぶさ(松竹)

最初に観たのは『はやぶさ 遥かなる帰還』、ミッションの現場責任者であるプロジェクト・マネージャー(PM)を渡辺謙が演じ、探査機地球帰還の鍵を握るイオンエンジン開発担当責任者(江口洋介)と大学同期のメーカー担当者(吉岡秀隆)が、ある重要な決断をめぐり、亀裂を深めていきます。並行して、宇宙担当になったばかりの女性記者(夏川結衣)と町工場を経営する父(山崎努)が、はやぶさプロジェクトの成功を祈りつつ、幾度となく逆境に身をおくことになるPMとその距離を縮めていきます。次々と見舞われる技術的なトラブルの深奥に迫りながら、ヒューマンドラマをフィクションとして織り交ぜた結果、前人未踏のプロジェクト達成というバリューがやや削がれた感は否めません。姿勢制御系の故障から通信が途絶し絶望的な状況(過去復旧事例0)に陥るなか、「1bit通信」で復旧を図った場面などもう少し深堀りして欲しかったところです。一番印象に残ったのは、NASAの凡そ1/10の予算で小惑星探査に挑む我が国のお寒い宇宙開発の実態と、それをバネに創意工夫を重ねる日本人研究者やエンジニアの姿でした。冒頭シーンがすべてを物語っています。初代『はやぶさ』の重さはわずか510kg(燃料込み)、トヨタVitzの半分程度に過ぎません。そんな小さな物体に7年間60億キロのサンプルリターンを実現させてしまう日本チームの底力は、究極の縮み志向ではありませんか。

次は『はやぶさ-HAYABUSA-』、こちらは研究者をめざす女性広報担当者(主人公)を竹内結子が、JAXA広報室長を西田敏行が演じています。昨年亡くなった竹内結子さんを懐かしむ気持ちは逸るのですが、どうしてもその配役に感情移入できませんでした。研究者=変人キャラというプロトタイプな設定がどうにも鼻につきます。豪華なキャスト陣だけに、おちゃらけを排して、全篇にわたって緊張感ある空気を漂わせた方が締まった映画になったと思います。漁師さんとの宴会や予算削減を暗に迫る財務省の役人を描写するよりも、NASAとの交渉エピソードを紹介した『はやぶさ 遥かなる帰還』に軍配が上がります。『はやぶさ』帰還を中心軸に据えなかったために、ピントのぼけた映画になってしまいました。唯一の救いは、PMに佐野史郎さんを起用したことでしょうか。

2作を観るかぎり、現場の空気はじんわり伝わってくるものの、初代『はやぶさ』の偉業の真価はぼんやりとしか見えてはきません。期待していたのは、アポロ13号の爆発事故実話に基づいて制作された『アポロ13』(1995年)のような質の高い映画でした。『はやぶさ2』をテーマにした次回作に期待したいと思います。

「縮み」志向の日本人 (講談社学術文庫)

「縮み」志向の日本人 (講談社学術文庫)

  • 作者:李 御寧
  • 発売日: 2007/04/11
  • メディア: 文庫