茶人松永久秀(弾正)と大名物「平蜘蛛」

2020年NHK大河ドラマ麒麟がくる』が終盤を迎えています。茶釜「平蜘蛛(ひらぐも)」を所望する信長に差し出しさえすれば命乞いが叶ったかも知れないのに、吉田鋼太郎演じる松永久秀信貴山城で自刃を選びました。大河ドラマで異彩を放った戦国大名松永久秀は、北条早雲斎藤道三と共に『日本三大梟雄(きょうゆう=悪人のこと)』の一人に数えられます。狡知に長け策略を弄して成り上がった傑物たる点がクローズアップされがちな松永久秀ですが、忘れてならないのは城郭建築の第一人者であることや茶人としての側面です。

久秀は天守および多聞作りを創始した人物としても知られています。当時、城門と櫓を一体化させて防御力を向上させるという発想は誠に革新的で、久秀には「城名人」や「近世式城郭建築の租」の異名があります。

茶人としても一流です。『麒麟がくる』でも久秀が堺の豪商今井宗久や茶人と交流する場面が幾度となく登場しました。当時、一流茶人として認められるためには、名物茶器を所持していることが必須条件だったそうです。久秀は数々の名器を所持していましたが、とりわけ大切にしていたのが、「つくも茄子」と呼ばれる唐物茶入れと「平蜘蛛」茶釜だといわれています。

「つくも茄子」は現存しており、静嘉堂文庫美術館(世田谷)で何度も鑑賞しています。漢字表記は、「付藻茄子」、「九十九髪茄子」、「作物茄子」、「松永茄子」など様々です。「松本茄子」「富士茄子」と並び称される「天下三茄子」のなかで一番高く評価されていて、伝来にもそれが窺えます。それ故、信長に献上したのも所望されて渋々応じたというのが真相でしょう。


足利義満(戦場に携行)→代々足利家→村田珠光(99貫で購入したことから「つくも」に)→松永久秀(一千貫)→織田信長羽柴秀吉→徳川治世・漆塗りの名工・・・→岩崎家

久秀が高さわずか6センチの「九十九髪茄子」を入手したときの対価千貫は、今の金銭価値に引き直せば数千万円に匹敵します。茶釜「平蜘蛛」に至っては、久秀は命と引き換えでも信長に差し出さなかったわけです。「平蜘蛛」は、打ち壊されたとも久秀と共に灰燼に帰したとも伝えられ、現存していません。伝来を断ち切って命と共に大名物「平蜘蛛」を葬った傑物久秀の風流人としての一面に心惹かれます。