ヴェネツィア・カーニバルに「ペスト医者」の仮面あり

ヴェネツィアといえば世界三大カーニバルのひとつ、仮面舞踏会ヴェネツィア・カーニバルが有名です。昨年11月に50年ぶりの高潮アックア・アルタに見舞われ市内の大半が冠水したヴェネツィアの市民が、復興のシンボルともいえるカーニバルの開催に例年以上に期待を寄せていたことは想像に難くありません。今年は2/8~25の日程でカーニバルが開催される予定でした。ところが、最終日まであと2日を残す23日に、新型コロナウイルス感染者の急増によりカーニバルは中止に追い込まれ、ヴェネツィアは都市封鎖(ロックダウン)されました。4月28日のイタリア医師会の発表によれば、イタリアの医者の死者数は151人。その多くは開業医で看護師の死亡者数も相当数にのぼるそうです。

十数年前、イタリアを縦断旅行したとき、立ち寄ったヴェネツィアはとりわけ印象深い水上都市でした。水中に無数の丸太杭を打ち込んでその上に石を積み重ね堅牢な基礎を作り上げたと知り、驚きを禁じえませんでした。土木技術が格段の進歩を遂げた現在でも、この杭打ち法は健在なのだそうです。

街を歩けば、至るところで仮面を販売するお土産屋さんに出喰わしました。実際にカーニバルで使う仮面を製作する専門店も存在します。店頭でよく見かけた仮面のひとつに奇妙な形状をした<嘴マスク>があります(写真下は1656年に描かれたローマの医師像です)。当時は漠然とカラスの仮面だろうと思っていましたが、17世紀に大流行したペストの治療にあたった医師が実際に着用したものだったのです。考案したのはフランスの医師シャルル・ド・ロルムでした。欧州全域でペスト医師が着用する定番マスクとなり、特にイタリアではペストと戦う医師の象徴的アイテムになったようです。

嘴の先に詰め込まれたのは香料(ハーブ)で目の部分にはガラスが嵌め込まれていました。この嘴マスクに長いコートと皮手袋、さながら現在の防護服です。感染予防に一定の効果はあったのでしょうか。新型コロナウイルス感染症COVID-19が武漢で最初に発症したのは昨年12月8日、爾来5ヶ月余りが過ぎました。その間、世界中の医療機関が治療薬やウイルスの開発に取り組んでいますが、感染予防策は未だ確立していません。過去幾たびも起こったペストのパンデミックと状況は似たり寄ったりです。無症状や軽症の患者が多いCOVID-19は、致死率の高いペストとは異質の感染症でありながら、世界中で人々の生活を翻弄し経済に壊滅的打撃を与えています。人の身体にこっそり紛れ込み無自覚を装うCOVID-19は、適者生存の原則に忠実な史上稀れに見る賢いウイルスと言えそうです。