ブックレビュー:『ライオンのおやつ』〜祝2020年本屋大賞2位〜

『つばき文具店』が2017年の本屋大賞候補にノミネートされたとき、本ブログでも取り上げたように自分のなかでは一押しだったのですが、結果は残念ながら4位でした。今回の意欲作『ライオンのおやつ』こそ、大賞1位にと念じていましたが惜しくも2位、1位はBLの世界を取り上げた『流浪の月』で432点、『ライオンのおやつ』は380点、3位は327点だったので、叩かく評価されたことは間違いありません。

瀬戸内海に浮かぶ小島にあるホスピスを舞台にしたこの作品を読み進むにつれ、奇妙なブックタイトルに託した作者の思いがじんわりと伝わってきました。死を受け容れた者だけが受け入れられるホスピスという最期の居場所は、紛れもなく非日常の世界。余命数ヶ月をどう生きるかという難しいテーマに取り組んだ作者の目論見は、心温まる佳作に昇華されていて、読者に静かな感動をもたらしてくれます。

生きることは、詰まるところ、衣食住なかでも食に収斂するものなのだとつくづく思いました。余命宣告を受けた33歳の主人公海野雫は、自暴自棄になりそうな時期を克服して、クリスマスの日にスーツケースひとつでホスピス<ライオンの家>にやって来ます。暖かい場所で海を見ていたいという動機からでした。ホスピスの代表マドンナは、快く彼女を迎え入れます。

このホスピスのメインイベントは、毎週日曜日の15:00から始まる「おやつの時間」。くじ引きで選ばれたゲストのリクエストに従って、至福の思い出が詰まったおやつが振る舞われます。ゲストが何故そのおやつを選んだのか、マドンナがリクエストの理由を朗読で披露することになっています。登場するのは、カヌレ、牡丹餅、豆花、ミルクレープ・・・・・

ホスピスの朝食では様々なお粥が供されます。お粥には「粥有十利(しゅうゆうじり)」と呼ばれる10の効用があるのだとマドンナは諭します。こうして、ゲストは食べることに生きがいを感じるようになり、「おやつの時間」はゲストにとって希望の時間となるのです。

チューブやウィッグから解き放たれた海野雫は人生を味わい尽くそうと、<私、まだちゃんと生きている>という確かな手応えを感じながら、日々新しい出会いや発見に胸を躍らせます。ホスピスに来なければ実現しなかった六花という名前の犬との触れ合いや、島でワイン作りに励む同世代のタヒチ君との出会いが生きる上で大きな支えになっていきます。看護師でありカウンセラーでもあるマドンナは、優しい眼差しで海野雫を見守ります。

さりげない日常がかけがえのない貴重な時間だということを、ホスピスにやって来た海野雫を通して、痛いほど思い知らされます。そして、人は生きているかぎり変われるチャンスがあるのだということを、ホスピスのゲストが身を挺して教えてくれます。誰しもいずれ死と向き合わなければなりません。にもかかわらず、人は死を遠ざけるどころか忘却の彼方へと追いやりがちです。逆説的ではありますが、今日この日をどう過ごしたいのか、生と真っ直ぐ向き合うことの大切さを教えられた気がします。もう少し敷延するとすれば、スティーブ・ジョブズが2005年にスタンフォード大学の卒業式スピーチ(以下、スピーチのスクリプト抜粋です)で語ったように、なすべきは「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていることをするだろうか」と自問自答してみることなのかも知れません。

“If you live each day as if it was your last, someday you’ll most certainly be right.” It made an impression on me, and since then, for the past 33 years, I have looked in the mirror every morning and asked myself: “If today were the last day of my life, would I want to do what I am about to do today?” And whenever the answer has been “No” for too many days in a row, I know I need to change something.

「今日が人生最後の日と考えて生きれば、いつの日か確かにそうなる。」この言葉を聞いてから33年間、毎朝鏡に向かって自分に聞いたんだ。「今日が人生最後の日だったら、今日これからやることを本当にやりたいか?」ってね。もしその答えが何日も続けて「No」だったら、それは何かを変える必要があるってことを教えてくれてるんだ。

『ライオンのおやつ』を読み終えて、真先に頭に浮かんだ言葉はメメント・モリでした。次にぼんやりと像を結んだのは家族で囲む食卓でした。作者は、いずれ訪れる死という確かな現実から目を背けるなと<ライオンの家>のゲストに託して、優しく語りかけてくれたのです。

ライオンのおやつ

ライオンのおやつ

  • 作者:糸, 小川
  • 発売日: 2019/10/08
  • メディア: 単行本