ブックレビュー:『泣くな研修医1・2』

主人公は25歳、心優しき研修医1年目の雨野隆治。通称アメちゃんの出身地は鹿児島県、勤務先は東京下町にある牛之町病という設定です。鹿児島大学医学部卒業後、都立駒込病院で研修した作者中山祐次郎さんの実体験が色濃く投影していることは間違いありません。

それだけに、「コード・ブルー」に代表される研修医にスポットを当てた医療ドラマ・映画より、本書は細部において圧倒的にリアリティが勝ります。医師国家試験に合格して晴れて研修医として働き始めたとき、一番キツイことは宿当直勤務が月に何度もあるということです。アメちゃんは寮住まいですが、病院のソファで仮眠するシーンが度々登場します。36時間前後の連続勤務は、心身共に健康な20〜30代の医師にとってさえ相当な負担のはずです。単行本の帯には<雨野隆治、25歳、外科研修中。今日も家には帰れない、帰らない。>とあります。一方、ドラマに登場する病院はおしなべて小綺麗で、医師や看護婦を演じる化粧を施した俳優からは、過労死寸前の過酷な労働環境は決して伝わってきません。電子カルテになって以前より少しは負担が減ったのかも知れませんが、カルテ作成も外部からは見えてこない大きな事務負担です。最後の医療行為、死亡診断書の作成も然りです。カルテの記載内容を克明に描いた点が本書の特筆すべきところです。

リアリティはこんな場面でも発揮されます。腹痛で運び込まれた14歳の少女のお腹を見て、アメちゃんは「ー綺麗なお腹だ」と内心呟きます。病院は概ね高齢者ばかりだという現実を再認識させられます。サチュレーションが低下し患者さんの救命治療も限界に達したとき、アメちゃんは家族からCPR(CardioPulmonary Resuscitation=心肺蘇生法)を続けるべきかどうか訊ねられて、逡巡しながらも否と答えるシーンは印象に残りました。

そうした医療現場のリアリティに加え、確かな人物造形がストーリーに奥行きを与えています。指導医は強面の岩井先生、アメちゃんにとっては雲上人(上の先生)になります。4年次上の女医佐藤先生が直属の上司で厳しく実務を指導する傍ら、ベテラン看護師の吉川さんが温かい目でアメちゃんをサポートします。同期で私大医学部卒のシティボーイ川村先生は、合コンのアレンジや他愛ない会話でアメちゃんにひとときの安らぎを提供します。

読者は、ページを重ねるたびにアメちゃんと共に慣れない医学用語を学んでいくことになります。医学用語は歴史的にドイツ語だったので、ムンテラ(症状説明)やステる(sterben=死ぬ)という略語や隠語も頻繁に登場します。最近はドイツ語よりも医学界でも英語が一般的になったためでしょうか、心肺停止はアレスト(cardiac arrest)と呼ばれます。末期癌のケースでは、QOLに着目したBSC(Best Supportive Care =症状緩和治療)も最近よく耳にするようになりました。

今月刊行されたばかりの幻冬舎文庫『泣くな研修医2』は書き下ろしの続編にあたります。アメちゃんは3年目に突入。腹腔鏡手術に携わるようになり、型破りの新人研修医凛子の先輩としてあらたな日常を迎えます。同期の川村先生がセットしてくれた合コンで知り合ったOLとの恋話の進展もあって、少し救われます。続編は終幕で、ようやく休暇を取れたアメちゃんが郷里へ戻ると急転回します。

3年目を迎えたアメちゃんは「泣くな」から現場から「逃げない」医者へと日々成長します。ポニーテールの佐藤先生が折節改まった態度で告げる一言は、アメちゃんの心に深く刻まれます。

「いい、雨野先生、外科医は一分を大切にするんじゃない。一秒を大切にするんだ。一秒でも手術が早く終わるよう、どんな医者よりも一番、時間を大切にする。だから、外科医ならどんな時でも時間を守るようにね」

本書は、これから医師を志す高校生や現役医学生、そして過酷な現場で働く研修医を息子や娘に持つ両親に特に読んで欲しいと思います。新型コロナウイルスの世界的蔓延で医療崩壊リスクが昂まるなか、最前線で奮闘する医師の姿を重ねながら読了しました。

泣くな研修医 (幻冬舎文庫)

泣くな研修医 (幻冬舎文庫)